“高くてうまい店”で大慌て…大食漢の96年中日1位・小山伸一郎 近藤真市スカウトを成長させた「和田金事件」
スカウト歴38年、元中日の中田宗男さん(67)が今回のテーマに選んだのは「思い出のグルメ」だ。師走の声を聞くと、スカウトは入団交渉などの会食が増える。全国各地の「三つ星グルメ」を食してきた中田さんが、最も記憶に残っている会食の席とは…。 ◆小山伸一郎コーチ、就任会見で【写真】 ドラフト会議を終えた晩秋から初冬にかけて、スカウトは指名した選手との入団交渉や、一堂に会しての新人入団発表など、晴れの席が続きます。日ごろは全国を飛び回り「早い、安い、うまい」のご当地B級グルメに精通しているスカウトですが、この時期は「高くてうまい」店で舌鼓を打てるのです。 「仮契約の日取りが決まったら、その街で恥ずかしくない店を予約しておけ」。駆け出しのころ、先輩にこう教わりました。契約内容に合意した後で、関係者や家族とともに祝宴を催すのです。ステーキ、フグ、カニ…。日本中でおいしい物を食べました。味はどこも甲乙つけがたいですが、思い出という点では1996年ドラフト1位の小山伸一郎です。 あの年は逆指名制度を使い、井口資仁(青学大→ダイエー)に猛アタックをかけていました。「逆指名は最後まで諦めない。ダメだった時は高校生に切り替える」が当時の中日の大原則。三重県明野高では甲子園とは無縁でしたが、最後の夏は決勝で敗れ、号泣する姿をよく覚えています。闘争心あふれる投球スタイルで、地元の逸材。すんなり1位が決まり、指名当日にはまだ夢の数字だった「100マイル(160キロ)を出したい」と高い志も披露しました。 仮契約の祝宴は「和田金」。言わずと知れた松阪牛の老舗です。私たちは選手や関係者の喜ぶ顔を見たいのはもちろんですが、食べっぷりもひそかに観察します。もう指名してしまった後とはいえ、モジモジと遠慮するのではなくこちらの目が丸くなるほど豪快に食べる選手は、性格的にも体つくりの意味でもプロ向きです。例えば入団発表の前夜には名古屋市内のホテルでステーキを食べるのが慣例でしたが、スタートは500グラム。そこから「2枚目」つまり計1キロを平らげる選手はざらにいたものです。 小山は歴代ナンバーワンとは言い切れませんが、よく食べました。次々と追加のすき焼き肉が運ばれてきました。さて満腹し、会計。その時、事件が起きたのです。担当の近藤真市スカウトがなぜか慌てています。「僕の持ち合わせじゃ足りません!」。今は球団支給のクレジットカードを持たされていますが、当時は現金払いが基本でした。小山家に悟られるわけにはいきません。さりげなく私も退室し、もうひとりのスカウトともに3人の財布から現金をかき集め、何とか支払いを済ませたのです。 近藤はスカウト1年目。「ささいなことでも電話で済まさず、足を運べ」と教えたら、汗だくで駆け回っていた勤勉で優秀なスカウトでした。この「和田金事件」で成長し、2年後には岩瀬仁紀を担当します。 小山も楽天移籍後にリリーフとして花を咲かせました。典型的な大器晩成。実に21年ぶりに復帰する古巣で、ファンに喜んでもらえる選手を育ててもらいたいと思っています。(中日ドラゴンズ・元スカウト) ▼中田宗男(なかた・むねお) 1957年1月8日生まれ、大阪府出身の67歳。右投げ右打ち。上宮高から日体大をへて、ドラフト外で79年に入団した。通算7試合に登板し、1勝0敗で83年に引退。翌84年からスカウトに転じ、関西地区を中心に活躍。スカウト部長などを歴任し、立浪、今中、福留など多くの選手の入団に携わった。
中日スポーツ