『THE FIRST SLAM DUNK』パロディは著作権侵害になる? 弁護士見解「構図が似ていても問題とはいえない」
6月9日に行われた、栃木県鹿沼市長選。この選挙で自民・公明両党の推薦を受けたものの落選した小林幹夫氏の陣営が配布した政策ビラが、著作権法に抵触しているのではないかと話題になっている。 【写真】宮城リョータのモデルとなった沖縄の辺土名高校の選手 ビラの内容は、映画『THE FIRST SLAM DUNK』のイメージビジュアルのパロディだ。主要登場人物である湘北高校のメンバー5人が描かれたイメージビジュアルを、候補者本人や福田富一栃木県知事、自民党の茂木敏充幹事長らに差し替えたような絵面となっている。元は東北地方の商店街が作ったスタンプラリー用のパロディ作品を参考に後援会報の裏表紙として作られたもので、その後単体で印刷された上で新聞に織り込まれて市内に配布されたという。 果たして、このビラには著作権法に抵触している部分があるのだろうか。弁護士として小杉・吉田法律事務所に勤務する小杉俊介氏に、この一件の法的側面についてお話を伺った。 ──早速伺いたいのですが、このビラは著作権法に抵触しているのでしょうか? 他の法律家の方の意見なども見たのですが、「今回の一件が著作権法に抵触する恐れがある」と言及している人はほぼ見かけません。もちろん実際の裁判になったとすれば結果はわかりませんが、少なくとも自分も含めて「これは著作権の侵害にはあたらないのではないか」という意見が大多数だと思います。 ──その理由は? 理由を説明する上で重要なのが、この一件はあくまで『SLAM DUNK』という作品自体に関わる問題というわけではなく、『THE FIRST SLAM DUNK』のキービジュアルに関する問題であるという点です。キービジュアルの絵を描いたのは井上雄彦さんご本人であっても、「あのキービジュアルのあのデザインとの問題である」という点は変わりません。 ──それはそうですね。 それを踏まえた上であのチラシを見ると、ポーズをとってチラシに載っているのは自民党の政治家や栃木県知事であって、『THE FIRST SLAM DUNK』のキービジュアルに描かれたキャラクターには全く似ていないし、似せようという意図も感じません。構図に関しても、5人前後のキャラクターの顔をちゃんと見える状態で立たせようと思うと或る程度通った構図になるでしょうし、そこに高い独創性があるかというと、そうではないと思います。そもそも映画のポスターなどはキャラクターの顔を見せないといけないという制約上、構図が似通ったものがたくさんありますし、それがいちいち問題になったりはしていませんよね。そう考えると、あのビラは著作権法上の問題にはなりづらいでしょう。パロディだとわかるようにやっているわけで。 ──なるほど。パロディ自体は著作権侵害にあたらないのでしょうか。 「パロディであるかどうか」と「著作権法上侵害にあたるかどうか」は別問題で、「パロディだからOK」というような判例があるわけではありません。あくまで個々のケースによる……ということになりますね。 ──今回のケースとはズレますが、例えば「あるお店が『THE FIRST SLAM DUNK』のキービジュアルを模したチラシを配ることで利益を上げた」という場合も、著作権侵害には当たらないのでしょうか? たとえ特定作品のキービジュアルのパロディを作ってそれでお金を儲けたとしても、著作権法上の問題にはなるとは限らないと思います。ただ、ビラを撒いただけの今回の件よりは、問題になる可能性は高いかもしれません。 ──逆に、『THE FIRST SLAM DUNK』のキービジュアルを題材にして、何をやったら著作権法上の問題になるのでしょう? あのキービジュアルの場合、人物の配置やデザイン自体が決定的に重要というより、あくまであの5人のキャラクターが重要です。なので、かなりまずくなってくるのは、キャラクターまで似せている場合でしょうね。一目で「桜木花道だ」とわかるような絵が描いてあったりすると、政策ビラだろうがアウトに近づいてくるかもしれません。あとはユニフォームの部分に「SHOHOKU」のロゴが描いてあったりしても問題だと思います。今回のチラシの件では、赤字に「KANUMA」のロゴと背番号が入ってるだけですよね。赤いバスケットボールのユニフォーム自体は現実にありふれたものなので、この点でも著作権法には引っかからないと思います。 ──なるほど。ユニフォームのデザインの面でも、今回の一件は著作権法的には多分大丈夫なわけですね。 そもそも著作権はあくまで著作権者の権利であって、外野が騒いだだけでは問題になりません。今回はたまたま自民党が作った選挙のチラシだったのでニュースになりましたが、やったこと自体は「学校の学園祭で『THE FIRST SLAM DUNK』のポスターのパロディを作った」のと程度は変わりませんし、そういったこと自体がいちいち問題になるかというと、そうではありませんから。 ──正直「選挙なんだから、こんなしょうもないパロディなんか作っていないで真面目にやってくれ」という気持ちにもなりますが、そこと著作権とは関係ないわけですね。 そういう気持ちはわかります。ただ、選挙の際に自由に政策ビラを撒くというのは、憲法が保障する「表現の自由」のど真ん中なんですよ。憲法で明文で「表現の自由」が保障されているのは、「ビラやポスターで自由に意見を表明する権利を保障することは、社会にとっても個人にとっても非常に有益である」という理由もある。著作権法はその自由に対立する法律であり、そこには緊張関係があるんです。 ──著作権は、表現の自由に対して一定の制限をかける権利ですもんね。 そうです。表現の自由のうち、一定の部分は元の表現をした人の財産・人格権という性質があり、それを保護することもまた社会にとって有益なので侵害するのをやめましょう、やっていいことと悪いことがありますよ、という線引きをするのが著作権法です。だから、著作権法と表現の自由には対立関係がある。で、先ほど申し上げたように「選挙で撒かれる政策ビラ」というのは、原理原則として、その中でも最大限に表現の自由が尊重されなくてはならないものです。よほどのことがない限り、政策ビラの内容が制限されることはあってはならないと思います。 ──それは間違いなくそうですね……。 政策ビラに対して「この構図は著作権法に違反しているんじゃないか」というようないちゃもんをつけることが許されてしまったら、今回よりももっと穏当な場面でも一方的に制限が加えられる可能性が生じてしまう。そう考えると、「政策ビラに『THE FIRST SLAM DUNK』のキービジュアルのパロディが使われた」という点を取り上げて、著作権法をキーに大騒ぎするのは、あまり筋のいい話ではないと思います。元の作品に対するファンの愛情を政治利用する、著作権法を盾に政敵の政治活動に制限を加える、という手段の扉を開いてしまうことには慎重であるべきだと思います。今回のビラの内容や絵面にたいして「なんだこれ……」と思う気持ちはわかりますが。今回のビラが気に入らないならすべきことはまず候補者に投票しないことであり、それ以上の手段には慎重であるべきだと思います。 ──確かに、著作権をとっかかりにして、まともな政治的批判が封じられてしまうことは避けたいですね。 あと、これは弁護士としてというより、今回のビラについて個人的に思うこととして、案外このビラはパロディを用いたビラとして出来がいいのではないか、という点があります。確かに神経に触る部分があるのはわかりますし、自分も「なんだこりゃ」と思いましたが、一方で5人の初老の男性をちゃんと笑い物にできている、政治家自身が笑われに行ってる姿勢が見える、「なんだこりゃ」という強い印象は残るだけマシなんじゃないかとも思うんです。 ──候補者は落選しましたが、話題になったという点ではある意味成功したビラだったのかもしれませんね。 少なくとも、体を張っているのは事実ですし、政治家が人気作に乗っかった例としてはもっとセンスがなくてひどいものもありました。それに比べると、今回のビラは良くも悪くも目に留まりますし、見ている人の神経に障って心をザワつかせたという点では、ビラの役割を果たしたのではないかと思います。
しげる