インバウンドに大人気の「熊野古道」を歩くーー予約1年待ちも…京都では得られない感動とは
訪れるべき日本の観光地
県民自ら「近畿のオマケ」と自虐的に呼ぶなど、どこか地味な印象が強い和歌山県。だが、「京都では得られない感動がある」と海外からの旅行者を引きつけてやまない場所がある。紀伊半島にある熊野本宮大社(田辺市)、熊野速玉大社(新宮市)、熊野那智大社・那智山青岸渡寺(那智勝浦町)へと通じる参詣道「熊野古道」だ。 【写真】「富士山が見えない」と中国資本ホテルに枝を切られてしまった隣人宅のヒノキ いにしえの時代、熊野への信仰が高まり、皇族貴族から庶民に至るまで、身分、性別を問わずに多くの人々が歩いた参詣道は近年、インバウンドに大人気の観光スポットになっており、外国人向け情報サイトやガイドブックの「訪れるべき日本の観光地」ランキングの上位に入ることも少なくない。 「世界有数のトレッキングスポット」という海外からの評価を受け、国内の観光客の関心も高まっている。なぜ人は熊野古道に魅せられるのか。その魅力を体感すべく現地を訪れた――。 熊野古道は紀伊半島の南にある「熊野三山」(3つの神社と那智山青岸渡寺)と、京都や吉野、伊勢などを結ぶ古い道のこと。田辺市街地から本宮に向かう中辺路、紀伊半島の海沿いの大辺路、高野山と熊野三山をつなぐ小辺路など6つのルートがあるが、昔から最も多くの人が歩き、今も人気なのが「中辺路」だ。 中辺路は紀伊半島の南西部海沿いに位置する田辺市街地から内陸の山間部にある熊野本宮大社を経て、熊野速玉大社、熊野那智大社・那智山青岸渡寺に至るルートで、とりわけ熊野の歴史や文化を感じることができる。
熊野でしか得られない感動
実際に足を運んでまず目につくのはインバウンドの多さだ。バックパッカー・スタイルの人も多く、慣れた足取りで山道を駆け抜けていく。彼らはなぜ日本の参詣道を歩きたいと思ったのか。豪州から訪れたという男性はこう話す。 「日本の原風景を見たかった。京都も訪れたが、たしかに素晴らしい場所だが、開発が進み、古都という印象ではなかった。一方、ここには昔のままの自然、1000年の歴史の痕跡、親切でやさしい人…イメージしていた通りの、美しく神秘的な日本の原風景がある。ここはピースプレイス。唯一無二の場所だ」 熊野詣の歴史は平安時代にさかのぼる。熊野速玉大社は過去、熊野那智大社は現在、熊野本宮大社は未来をつかさどるといわれ、大自然に身を投じ、長く険しい道を歩くことで自己と向き合い、新たな自分に生まれ変わると考えられてきた。 平安時代には皇族貴族が、室町時代以降は武家や庶民に至るまで多くの人が熊野を目指し、「蟻の熊野詣」と言われるほど多くの人をひきつけた。だが、明治時代の神社合祀令などの影響で廃れてしまい、地元では「熊野古道なんて、ただの山道だろう」と話す人も少なくなかったという。