中国深圳・男児刺殺事件 日中関係の悪化を食い止めた父親の手紙を慟哭して読んだ(元木昌彦/「週刊現代」「フライデー」元編集長)
【週刊誌からみた「ニッポンの後退」】 9月18日の朝、中国南部・広東省深圳市で10歳の男児が刺殺される事件が起きた。 深圳市で日本人男子児童が刺され死亡…「中国の日本人学校」の知られざる一面 日本人の父と中国人の母を持つ日本国籍の男児。現地当局の発表によると、犯人は鍾(44)。刺した後、その場に呆然と立ちすくんでいたという。 この日は、93年前に旧日本軍が南満州鉄道の線路を爆破して中国人の仕業に仕立て上げ、満州事変へと戦火を拡大していった日で、習近平は「国恥の日」とし、防空サイレンが鳴らされる。 中国側は、「偶発的な事件」だと詳細を明らかにしていないが、少し前から日本のSNS上などでは、“スパイを養成している日本人学校は出ていけ”などと主張するショート動画が中国国内で出回っていたことなどから、動機は反日感情からではないか、中国許せんという論調があふれている。 週刊文春(10月3日号)によると、男児の父親は大学時代から中国に興味を持ち、交換留学で上海師範大学に留学。そこで中国人の伴侶と出会ったという。 さらに大学卒業後に上海大学で学び直し、「中国と日本の架け橋になる」夢をかなえるために中国貿易の老舗専門商社に入社。今年初めに念願かなって深圳のオフィスに駐在員として赴任したそうである。 しかし、自分が愛してやまない国で、愛する息子がその国の人間によって殺されたのだ。悲しみの深さは計り知れないものがあるだろうと想像する。 文春と週刊新潮(同)に掲載されている「被害者の男児の父親からの手紙」を慟哭して読んだ。政治的意図をもって多少“改ざん”されたのではないかという見方もあるようだが、父親が書いたことは間違いないという。彼の悲しみは深いが、それを乗り越えようという“強靱”な意志を感じさせる手紙である。新潮から紹介しよう。 亡くなった男児は、昆虫や爬虫類が大好きで、誰よりも優しい心の持ち主で、幼い頃から絵を描くことが好きだった。日本語と中国語を流暢(りゅうちょう)に操る語学の才能を持ち、始めたばかりのバスケットボールに夢中になっていたという。 「彼がこんなにも突然私たちのもとから去ってしまうとは、思いもよりませんでした。今、私の心は混乱と尽きることのない悲しみでいっぱいです。彼がどのように成長し、どのように大人になっていくのか、もう私は見届けることが出来ません。彼を守れなかったことは、私の生涯ずっと心から取り除くことの出来ない後悔です」 しかし、「私たちは中国を憎んでいません。同様に、日本も憎んでいません」とつづる。「私は、歪んだ思想を持つ一握りの卑劣な人々の犯罪によって両国関係が損なわれることを望んでいません。私の唯一の願いは、このような悲劇が二度と繰り返されないことです」 さらに続けて、「○○(原文では男児の実名)が以前、私に『将来お父さんのようになりたい』と言ったことがあります。一時の気まぐれかもしれませんが、その言葉を父親としてこの上なく嬉しく思いました。私は日中貿易に従事し、日本と中国の架け橋としての役割を担っています。(中略)今私にできることは、彼に誇れる人間になれるよう全力を尽くし、日中相互理解に微力ながら貢献し続けることだけです。これは最愛の息子への償いでもあり、犯人への復讐(ふくしゅう)でもあります」。 息子を殺した犯人の動機が日中関係を壊すことだったとしたら、息子の死の悲しみを乗り越え、よりよい日中関係を築いていくことが、犯人への復讐になるというのである。 息子が10年と8カ月と7日間を私たちの傍で過ごしてくれたことを感謝すると結ぶ。 凍てついた日中関係を溶かすのは、この夫婦の流す熱い涙かもしれない。 (文中敬称略) (元木昌彦/「週刊現代」「フライデー」元編集長)