ついに完結! 『THE PENGUIN-ザ・ペンギン-』は2024年ベストドラマだ──ゴッサムを手に入れるのはオズかソフィアか、それとも……?
DCコミックスに登場するバットマンの宿敵ペンギンを主人公にしたHBOオリジナルドラマシリーズ『THE PENGUIN-ザ・ペンギン-』。映画『THE BATMAN-ザ・バットマン-』では脇役だったペンギンにスポットライトを当て、新たな物語を紡ぎ、2024年を代表するドラマシリーズとなった。ヒットの理由を探る。 【写真を見る】クリスティン・ミリオティが演じたソフィアはヴィランなのかヒロインなのか
知的で残酷で新しい! 沼落ち必至のバットマンのスピンオフ
ペンギンを主人公としたドラマがこれほどまでにドラマチックになると誰が予想できただろうか? コリン・ファレルが演じるペンギンは、2022年公開、ロバート・パティンソン主演、マット・リーブス監督の映画『THE BATMAN-ザ・バットマン-』で、マフィアのボスの手下として顔見せ程度に出てきた脇役キャラクターだ。 『THE PENGUIN-ザ・ペンギン-』は、1700万人の視聴者を獲得し、最終話公開時、IMDBでのレーティングは9.6を獲得するなど、2024年を代表する作品のひとつと言える。本作は、映画版の数日後という設定だが、登場人物のほとんどがドラマシリーズから初めて登場するため、ドラマから観始めても問題ない作品となっている。 ■特殊メイクを施したコリン・ファレルの怪演 『THE BATMAN-ザ・バットマン-』のエンディングでは洪水によりゴッサム・シティが破壊されるが、物語はその街を眺める主人公オズ・コブ(コリン・ファレル)の眼差しから始まる。マフィアであるファルコーネ・ファミリーのボスの右腕で、仲間からはペンギンと呼ばれ笑い者にされている大柄の男。成金で悪趣味な紫色のマセラッティに乗り、障害のある足を引きずりながら、身体を右と左に揺らしてペンギンのようにヨタヨタ歩く。そんなオズの姿はロバート・デ・ニーロはもちろんのこと、往年のマフィア/ギャング映画に登場してきた数々のキャラクターを思い出させる。 『THE PENGUIN-ザ・ペンギン-』には特殊なスーツを身につけたバットマンやメイクを施したジョーカーのようなアメコミ的キャラクターは登場しない。だが、オズを演じるコリン・ファレルだけは、特殊メイクとボディスーツでまったく別人の中年男性に”変身”している。傷跡が刻まれた顔、薄毛の頭、声のトーンやアクセント、大きな体で足を引きずりながら歩く姿は、コリン・ファレルからはかけ離れておりオズ・コブという人間にしか見えない。彼は肉のスーツを鎧のようにまとって周囲に強く見せているのだろう。本当の姿も、本心も、誰にもわからない。肉の隙間から少しだけ覗く目は、親からの愛情を貪欲に求める子供のようにもみえる。オズはその目でゴッサム・シティを眺めながら、チャンスを今か今かと待っている。 ■首を絞められ声をあげられない女たち 虎視眈々とゴッサム・シティの裏社会でのし上がろうとするオズの前に立ちはだかるのは、本作のもうひとりの主人公であるファルコーネ・ファミリーのボスの娘ソフィア・ファルコーネ(クリスティン・ミリオティ)だ。ソフィアは家父長制が根強く残る男性中心主義のマフィア社会から徹底的に排除される。そのことは『ゴッドファーザー』(1972年)のラストを引用した2話で強調されており、彼女はファミリーにとって都合の悪い存在として扉を閉められ、アーカム精神病院に追放されてしまう。ショーランナーのローレン・ルフランはジョン・F・ケネディの妹でロボトミー手術を受けさせられたローズマリー・ケネディの名前も挙げていたが、この展開はかつて女性が不当な理由で精神病院に隔離させられていた歴史を彷彿とさせる。 もう我慢の限界だ。警察による暴力で亡くなったブラックアメリカンの女性たちの名を唱えるジャネール・モネイの「Say Her Name(Hell You Talmbout)」のように、ソフィアはゴッサム・シティで首を絞められ殺された女性たちひとりひとりの名前を読み上げながら、ファミリーに復讐していく。会議の席で、ジェンダーを理由に発言を遮ろうとする男がいれば、その場で撃ち殺してもいいという大事な処世術も教えてくれる。アーカム精神病院でつけられていた首輪を外し、血のように赤いスカーフを巻きながら、言葉を奪われるように首を絞められ殺された女たちのためにソフィアは戦う。果たしてゴッサム・シティの裏社会を支配するのはオズか、それともソフィアか? ■ゴッサムの孤児たち オズの右腕として働く少年、ビクターもまた重要な登場人物のひとりだ。行政から見捨てられ、貧困が蔓延るイーストエンドに暮らすビクターの姿は、ゴッサム・シティの格差を浮き彫りにする。彼には選択肢がなかった。洪水により住む家も家族もなくなり、犯罪に走るしかなかった。『THE BATMAN-ザ・バットマン-』では、市長候補のベラ・リアルが銃撃される事件が発生するが、ビクターはベラ・リアルが掲げる「REAL CHANGE」のスローガンが書かれたポスターを踏みつけるようにストリートを歩いていく。行政に見放された彼には、オズのスピーチのほうが魅力的なのだ。「もっと良い生活を約束する!」。ビクター(Victor)はオズの勝利(Victory)のためにギャンググループの票集めに奔走する。 なぜ『THE PENGUIN-ザ・ペンギン-』にバットマンが登場しないのか? それはここで描かれている争い──はした金を巡って若者が命を落とすような事件──がゴッサム・シティでは日常茶飯事だからだ。貧困が蔓延する街で涙のように降り続く雨は、若者たちの物語を人知れず流していく。この街から、誰も逃れることはできないのだ。 ■ディテールへのこだわりが名作を生み出す 犯罪映画において、登場人物と同じかそれ以上に重要なのは都市のディテールである。『THE PENGUIN-ザ・ペンギン-』では、ゴッサム・シティのモデルであるニューヨークのさまざまなロケーションで撮影することで、街の歴史や人々の暮らしを画面に滲ませ、ゴッサム・シティをより深みのある魅力的な存在として描いている。ショーランナーのローレン・ルフランに話を訊いた。(そしてコリン・ファレルもコメントをしてくれた) ──『THE PENGUINーザ・ペンギンー』を観ると、素晴らしい作品はディテールへのこだわりから生まれるとわかります。たとえば2話で、葬式に行こうとするオズが道を横断しようとした時に、目の前で一時停止した車に対して、彼は「先に行け」とジェスチャーをします。この些細なシーンだけでも、彼が不自由な足でゴッサムシティをどうやって生きてきたか想像できるのです。ディテールは作品にどれくらい重要だと思いますか? そうですね、あれは2話を監督したクレイグ・ゾベルのアイデアでした。通りを渡るシーンの撮影の時にそのコンセプトを提案してくれて本当に素晴らしいと思いました。私にとってはディテールがすべてなんです。私が映画で好きなのは、大きな出来事や驚くような展開ではなく、シーンの中の小さな瞬間なんです。なぜなら私たちが生きている世界も、そんな小さな瞬間の連続だと思うからです。たとえば、誰かと会話しているときに、面白かったり奇妙だったりする小さなことが記憶に残ることってありますよね。それは会話全体の深い内容ではなくほんの些細なことだったりします。(ローレン・ルフラン) ──それをエピソードごとに監督が代わるドラマシリーズという形式で維持するのは大変なことだと思います。ショーランナーとして気をつけたことはありますか? ショーランナーとしての私の仕事はそういった自分のビジョンを何度も何度も繰り返し伝え、「これが私たちがやっていることなんだ」とチームの全員に理解してもらうことだと思っています。全員が同じ方向を向いてなければ、こうしたことは実現できません。俳優やスタッフも含め、彼らは自分たちで物語のディテールを見つけ出してくれました。それは台本に書かれているものもあれば、現場で彼らが見つけたものもあります。それらを編集の段階でカットしないことも大事です。ディテールを見せることで、作品のトーンや雰囲気を観客に伝えることが私たちの狙いのひとつだからです。(ローレン・ルフラン) 私もそう思います。我々を未来に連れてってくれるのはデロリアンではなく、マイケル・J・フォックスの演技だからね。(コリン・ファレル) ■ゴッサムに冬来たる 後半の5話目以降、カメラの揺れとオズの不安定な歩行が重なるように暴力の連鎖が加速していく。火を消火するためのガスが雪のようにオズを包み、ゴッサム・シティに冬がやってくる。ペンギンの季節だ。オズは地下に潜り、新たな流通を生み出して、行政に見捨てられた者たちの怒りを地下深く網目状に広げていく。 市は富裕層エリアへの電気の供給を優先するため、貧困街は暗闇に包まれてしまう。その暗闇の中で、オズの遠い過去の記憶にライトを照らしていくシーンが印象的だ。本作の特徴のひとつは、登場人物の多くがメンタルヘルスの問題や障害を抱えており、それぞれが過去の出来事と向き合うことで、ある種の癒やしが描かれている点である。バットマンに捕らえられ、アーカム精神病院に送られるヴィランの物語にこそ共感してしまうのは、現代を生きる私たちにとって、心や体の問題が日常の一部になっているからかもしれない。 ■アメコミ原作ものに新しい光が射した 少なくとも10年前のアメコミ原作ものにおいて、敵対する双方の陣営をそれぞれ魅力的に描くことは難しかったはずだ。2019年の『ジョーカー』や2021年の『ザ・スーサイド・スクワッド “極”悪党、集結』、2022年の『ピースメイカー』といい、2020年代の空気をキャプチャーできていたのはマーベルではなく、DCだといえるかもしれない。2025年に公開予定のジェームズ・ガン監督『スーパーマン:レガシー』がその決定打になる可能性は十分にありえる。 それにしてもアメリカンコミックスや映画だけではなく、名作ドラマシリーズからのリファレンスを惜しみなく注ぎ込んで完成した『THE PENGUIN-ザ・ペンギン-』の異常なまでの完成度の高さは、10年前なら何シーズンも続いていても不思議ではないが、本作はたった8話で完結。やはり時代は変わるのだ。 『THE PENGUIN-ザ・ペンギン-』 U-NEXTにて独占配信中 文・島崎ひろき 編集・遠藤加奈(GQ)