座禅や山頂での瞑想、山歩き、焚火を囲んだ語らい……大自然に向き合い、自分を見つめ直す体験ができる
【この人に聞きました】㈱Zentre 代表取締役 吉田有さん
ハングリーであれ、愚かであれ――。米アップルの創業者、スティーブ・ジョブズは2005年、スタンフォード大学の卒業生に向けたスピーチをこう締めくくった。日本の禅を心の支えにしたアントレプレナー(起業家)のレジェンドは、「本意でない人生を生き、時間を無駄にするな。自分の心と直感に従う勇気を持て」とも説く。過去への執着、未来への不安を捨て、「今、ここ」に集中する。それこそが禅の教え、とZentre(神奈川県中郡大磯町)社長の吉田有さんは言う。 曽祖父は高名な仏教学者、大内青巒(せいらん)だが、吉田さんはビジネスの道を志し、大学卒業後はパルプ会社に就職、米アラスカへ渡った。帰国後に転職したアパレル会社では社長にまでのぼり詰めたものの、バブル崩壊で事業を断念。失意の時代に巡り合ったのが、禅的なアプローチで経営を支援する米国のビジネスコーチだった。若い頃には曹洞宗の大本山・永平寺で修業したこともあったから、禅の教えが企業経営に役立つことは理解できる。あれこれ思い惑っても、静かに己と向き合えば、迷いや悩みも些末なことだと気づかされる。「我執(がしゅう)を手放し、空の視点、高い視座から自身を見つめ直す。人間力を高めることが大切」と言う。
その後、私財を投げ打って責任をまっとうした吉田さんは50歳の時、仲間とともに経営支援の会社を立ち上げたが、還暦を機に取締役を退任。禅の教えによるアントレプレナーシップ精神の開拓を目指すZENトレプレナーを提唱し、新時代のビジネスリーダーの育成に乗り出した。 それは難しいことではない。只管(しかん)打坐(たざ)。ただひたすらに座り、大自然に向き合えば、余計なものは削ぎ落とされる。禅の文字は“単を示す”。その心は、ありのままに、シンプルであれ。古希を迎えた吉田さんは昨年、株式会社Zentreを設立した。チャレンジは若者の特権ではない。「今、ここ」を精一杯生きる。もちろん、自分の心と直感に従っただけ、と言う。 文・三沢明彦 ●リトリートは避難所や隠れ家と訳されるが、最近は日常を離れ、大自然の中で心身をリセットする旅や時間を意味するようになった。座禅や山頂での瞑想、山歩き、焚火を囲んだ語らい……。吉田さんが企画する大磯や富士山麓のリトリート旅はベルトラの「日本を紐とく旅」で。 ※「旅行読売」2024年4月号より