『全裸監督』原作者による渾身ルポ!真夜中の新宿・歌舞伎町は”ニッポンの魔境”である
「払って、払って、払って」 20代前半の女が、初老の男の左腕をがっしりと掴み、逃がすものかとしがみついている。 【欲望が渦巻く…】生足を覗かせキャッチをする若者に、立ちんぼに群がる男たち…夜の歌舞伎町 男のほうは困惑した顔をしながら、若い女を振り払おうと強引に歩を進める。 冬の風が冷たい師走の新宿区立大久保公園――。 この公園周辺に若い女が立ち、男から声がかかると、目の前のラブホテルに二人で消えていく。40分ほどで性交をすませ、また公園に立つ。 彼女たちは″立ちんぼ″とよばれている。 20年ほど前までは、立ちんぼというと風俗産業におけるヒエラルキーの最底辺に位置づけられていた。高年齢化し、客がつかなくなったソープ嬢やデリヘル嬢が仕方なく街頭に立ち、フリーの風俗嬢として客を取る。間に店が介在しないから、客が払ったカネはすべて懐(ふところ)に入る。昔は地回りのヤクザがショバ代と称して一人3000円を徴収していたが、’92年に暴力団対策法ができたのと、公園に立つ立ちんぼと客たちの数が爆発的に増えたために徴収もできなくなり、立ちんぼ代はまるまる自分の収入にできるようになった。彼女たちにとっては、その日のうちに現金収入になるのでやめられない。 その一方で、歌舞伎町のホストクラブで遊ぶために、女たちが手っ取り早く稼げる大久保公園の立ちんぼになることが、社会問題にまでなっている。 フリーランスゆえに彼女たちはトラブルも自分で解決しなければならない。冒頭の立ちんぼは男からカネを受け取れず、ホテルを出てからもなお揉(も)めていたのだろう。 水面下での性交渉における決まり事として、客がキャンセルできるのは女が全裸になってからでは遅い。脱ぎ出した時点でキャンセル不可。冒頭のケースは、おそらくこの段階だろう。 この手の交渉では、前払いが原則である。その際、女は受け取った現金を財布に入れずテーブルの上に置いておく。シャワーを浴びたりトイレに行ったりしたときに財布からカネを抜き取る客がいるため、生み出されたものだ。 先ほどの男女はもつれ合いながら、西武新宿駅のほうへ歩いていく。後を追いたくなるが、大久保公園周辺の取材を優先しよう。 男女の色情の最前線を探るには、ここ歌舞伎町をおいて他にない。 物書き稼業に就いて43年、定点観測のようにこの街を歩き、書いてきた。 最新の新宿・歌舞伎町を報告しよう。 ◆立ちんぼを待つ″逆立ちんぼ″ コロナ明け、大久保公園がカオスになっていた。公園の隣にある大久保病院周辺に立ちんぼが出現し、彼女たちを買う男たちでゴッタ返していたのだ。祭り見物のような賑わいだった。 YouTubeやSNSで取り上げられるとさらに人が集まり、野次馬まで発生した。 高齢風俗嬢の代名詞だった立ちんぼが、今や20歳前後の若い素人女性にとって代わられ、しかも1万5000円という割安価格になった。かくて大久保公園は祭り状態と化した。 放置状態だった公園周辺が様変わりしたのは、昨年秋に警察の摘発があってからだった。 12月末、久方ぶりに公園を訪れた私の目には、立ちんぼは皆無、いや、3人いた。ツインテールにミニ、といったファッションである。 それよりも多い人数なのが、立ちんぼに会うためにこの地を訪れる男たちだ。 平日の夕方、帰宅途中といった風情の40代男性が3名、行儀よく並んでいる。逆立ちんぼだ。 彼らはお目当ての立ちんぼと肉交するために、彼女が出没する地点に早めに並ぶのだ。紳士協定で早く並んだ者から順番に遊ぶ。 私は立ちんぼの女性に取材敢行。 「いくら?」 「……」 警戒の色が見える。 ミニに黒髪のツインテール、ノーメイクに近い。愛嬌のある顔立ちだ。 「いくつ?」 「18」 立ちんぼ低年齢化の実例である。 数年前、20代前半の女子大生が、女子高生のころに立ちんぼをしていたという話を本人から聞いたことがあった。 「あまり年齢が若いと、男の人が警戒するから、18(歳)ということにしておいたんです」 今、私が話しかけた立ちんぼも年齢を高めに申告するいわゆる逆サバなのかもしれない。 私に買う気がないことを察知したのか、彼女は近づいてきた40代教師風の紳士と交渉を開始。2~3分ほどで二人は近くのラブホテルに消えていった。 今から21年前。私はFRIDAYの取材で大久保公園の立ちんぼに声をかけていた。 〈大評判シリーズ 突撃!徹底ガチンコ体験 殺人、放火、違法クラブ、街娼、そして、監視カメラ 日本一怖い街 新宿歌舞伎町は「私のオモチャ箱」〉『FRIDAYスペシャル2002盛夏号』 日韓W杯が開催された夏で、歌舞伎町にもお隣の新大久保にも赤いユニフォーム姿が目立っていた記憶がある。 このとき声をかけた立ちんぼは、顔をまっ白に塗った長身の美形。ホテルに入り確認すると、韓国から来た男子専門学校留学生だった。『冬のソナタ』でヨン様が大ブームになる前年だ。話だけ聞いて別れたが、あの青年、今では40代、どうしているだろうか。 「長くこの仕事が続けられている理由は、好きだから。それに自由がきくし、頑張った分、給料に反映される。ホストになって13年になります。3年もてば長いほうですね」 歌舞伎町ホストクラブ『MAJESTY』石川鋼牙(こうが)代表(33)が語る。 昨春出した拙著『歌舞伎町アンダーグラウンド』(駒草出版)に登場して、ホスト業界の舞台裏を打ち明けてくれた業界の生き証人である。 半年ぶりに再会すると、13㎏痩(や)せて髪を伸ばし激変していた。 「10月にラスベガスに行ったとき、外国人の体型に衝撃を受けたんです。で、筋肉がすべてかな、と思って」 ホストの世界は体育会的であり、昔から元自衛隊員が多いといわれる。 「ウチは今月から、売り掛けは禁止しました」 今や社会問題と化したホストクラブの女性客に対する売掛金問題。女性客だけではなく、ホストにも重圧になっている。 「これだけホストクラブがあるので、ホストたちがライバル店に引き抜かれないために、ムリヤリ借金させて高いスーツやアクセサリーを買わせ、売り掛けにして借金負わせて長く働かせる。売り上げが1億円あるホストでも売り掛け借金だったり。ホストの世界は見栄を張りすぎ、見栄の張り合いですから」 歌舞伎町の夜は過酷である。昔も今も。 ◆いまだ″裏社会″がうごめいて 歌舞伎町の新名所、東急歌舞伎町タワーが睥睨(へいげい)する広場には、『トー横キッズ』たちが路上でたむろしている。 横一列に並んだガールズバーの少女たちが、寒風にもめげずナマ足をさらし、客を呼び込んでいる。 歌舞伎町は左小指が欠損した男たちが多く棲息している。最近、取材で出会った元ヒットマンも小指が欠損していた。 「拳銃撃つのにはまったく影響無し」 そううそぶく彼は40代後半、広域指定暴力団の中堅であり、ヒットマンの過去がある。 「河川のガード下や洋上で射撃訓練するのはほとんど無い。目立つから」 『ゴルゴ13』のように200m先のターゲットを狙撃するわけではなく、着実に仕留めるためにギリギリまで近づいて撃つので、腕前よりも度胸が肝心になる。 歌舞伎町には今も泥棒市が存在している。ブランド品のスーツ、バッグ、毛皮などが市価の5分の1程度の安さで店頭に並ぶ。全品ワケあり。盗品、強奪品、横領品。 そして歌舞伎町という異界との境界線付近にひっそり営業している中華料理店。表向きは大衆的な料理を出す店だが、ウラの顔は偽造カードグループの中継地点(ハブ)として、アンダーグラウンドの世界では有名な存在だった。主要メンバーは中国人マフィアのうちの上海グループとされる。 このグループと関係が深い、日本のあるアンダーグラウンド組織の50代構成員が物騒なことを打ち明ける。 「偽造クレジットカードで大儲けしたのは、花の万博(1990年開催)があったころ。そのカードで万博チケットを10万円以下で何店舗かで購入して、複数人で金券ショップで現金化しましたよ」 偽造クレジットカードはものの5分もあれば作製できたが、キャッシングまで可能な偽造は難しく、荒っぽい手段に頼るしかなかった。 「カネのある人物の情報を得たら別働隊が盗みに入る。通帳と印鑑も盗む。昔は印鑑がなくても通帳に印鑑が押されていたので、それをもとに印鑑を作っちゃう。盗んだ通帳と印鑑で銀行の窓口で全額引き落とす。定期預金もあれば全額引き落とす。窓口に立つ人間の偽造免許証も作製して、それに合った日本人を用意する」 中華料理店では当時流行っていた揺頭丸(ヤオトウワン)、別名エクスタシーとよばれる合成麻薬(MDMA)も扱い、揺頭丸パーティーへのデリバリーも行っていた。 先日、私が訪れてみたらすでに店はなく、空き店舗だった。 上海グループの偽造カード集団は後にオレオレ詐欺、架空請求詐欺グループに変異し、下請けとして若い日本人をリクルートしているという。 「なかには詐欺やって現金奪った出し子や受け子が持ち逃げしちゃうケースもあるんですよ。そういうのは仲間内に動画配信される見せしめのリンチ映像でさらされる。映像? 耳を削(そ)いだのは見たことがあるけど……」 男はそこまで言って口をつぐんだ。 夜風がよけい身に染みる。 不夜城が歌舞伎町に戻ってきた。 もとはし・のぶひろ ノンフィクション作家。1956年生まれ。埼玉県所沢市出身。早大政経卒。著作に『歌舞伎町アンダーグラウンド』(駒草出版)、『僕とジャニーズ』(イースト・プレス)、『全裸監督 村西とおる伝』(新潮文庫)など 『FRIDAY』2024年1月19日号より 取材・文:本橋信宏
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