ミセスのMV公開停止が浮き彫りにした、コンテンツのグローバル化に抜け落ちている視点
■ K-POP大手も人権リスクのチェックに注力 こうした取り組みは、K-POPを世界に輸出している韓国でも一部先行している。 BLACKPINKなど著名なK-POPアーティストが所属するYGエンターテインメントは、従来のサステナブルレポートに加えて、「SUSTAINABLE CONCERT REPORT」(持続可能なコンサートに関するレポート)を公表している。 レポートによれば、同社は独自のコンテンツ管理フレームワークを設け、歌詞・振り付け・舞台挨拶などのアーティストのパフォーマンスや、画像・映像・衣装・舞台装置などについて「多様性を尊重し、現在の社会的背景について思慮深く反映されているか」を確認している。 具体的な取り組みの例としては、チェックリストを設け、「コンサートの中に明示的または暗示的な差別的内容が含まれていないか」などを常に確認しているという。 もちろん、K-POPの世界も完璧というわけでは決してない。 例えば、K-POPの軸をなすHIPHOPやストリートダンスはブラックカルチャーに起源を持つため、ブラックカルチャーに対する敬意を欠いた表現がしばしば批判の的になっており、人権や文化の尊重に関してはまだ道半ばだとの指摘も多い。 それでも、先の「SUSTAINABLE CONCERT REPORT」のように、業界が抱える課題を課題として認識し、対処しようという姿勢があるのは確かだ。 一方で、日本のエンタメ業界では、そういった取り組みはまだ充分に進んでいない。今回のMrs. GREEN APPLEのMVや楽曲を巡るトラブルにしても、関わったレーベルや広告代理店などの中で人権や倫理、文化の観点から専門家がチェックを徹底する体制があれば、制作段階で軌道修正が図られていたのではないか。
■ 日本のアーティストが世界に羽ばたくために YOASOBIやCreepy Nuts、Adoなどの楽曲がグローバル配信市場でヒットを記録しているように、日本発のアーティストも世界で勝負できる土壌は整ってきている。Mrs. GREEN APPLEのMVも、公開当初から英語字幕が付いていたところを見るに、グローバルでの成功を見据えていた可能性がある。 ただ、グローバル市場に打って出るためには、やはり人権や倫理といった観点でもグローバル基準に沿うことが求められる。より大きな市場を獲得するために、またアーティストを守りブランドを確立するためにも、クリエイティブを「アーティストやクリエイターの感性任せ」にせず、事務所やレーベルなど関係各社がリスク管理の仕組みを強化していくことが必要だ。 Mrs. GREEN APPLEが代表曲「ダンスホール」の中で歌うように、「この世界はダンスホール」と捉えるならば、世界中のあらゆる人々が、性別・人種・出自・障がいの有無などを超えて笑顔で共に踊れる空間を創ることこそ、エンタメ業界の重要な責務と言えるだろう。そのためにも、業界全体で一層の取り組み強化を期待したい。 矢守 亜夕美(やもり・あゆみ) 株式会社オウルズコンサルティンググループ・プリンシパル A.T. カーニー(戦略コンサルティング)、Google、スタートアップ(経営企画)等を経て現職。東京大学法学部(公法コース)卒。 コンサルタントとして事業戦略立案・組織改革など多岐にわたるプロジェクトを経験し、近年はサステナビリティ及び「ビジネスと人権」関連のコンサルティングを専門とする。 著書に『すべての企業人のためのビジネスと人権入門』(共著: 日経BP社)がある他、日本経済新聞、読売新聞、時事通信、繊研新聞など、人権・社会課題に関するコメント掲載や寄稿実績多数。 経済産業省/中小企業庁「ビジネスと人権」セミナー講師(2021年)、東京都人権プラザ主催「サステナビリティと人権」セミナー講師(2022年)、サステナブル・ブランド国際会議「『守り×攻め』の人権対応を実現するために」(2023年)等、登壇実績も多数。 労働・人権分野の国際規格「SA8000」基礎監査人コース修了。
矢守 亜夕美