ユーミンの歌に誘われ、観音崎へひとり旅をしてみた
神奈川県横須賀市
京急本線の馬堀海岸駅からバスで15分ほど行くと、終点の観音崎。この地名を初めて耳にしたのは、40年くらい前だろうか。ユーミンのアルバムの中の「よそゆき顔で」という曲の歌詞に出てきたのだ。結婚式前日、主人公は元カレへの思いを吹っ切ろうと、観音崎の歩道橋に立ち、かつてよくドライブした街を眺める。結婚への覚悟と青春時代への郷愁を歌った歌だった。 当時、ユーミンの歌には、横浜や湘南、海辺のドライブや静かなレストランなど、洗練された情景が多く登場した。歌に出てくる場所はどこも魅力的に映った。中でも三浦半島の東端にある観音崎は穴場的な面白みにあふれていた。 【写真】ユーミンの「よそゆき顔で」の歌詞のモデルとされている横須賀市走水の歩道橋
岬にたたずむように立つリゾートホテルがあると知り、いつか恋人と来たいなどと思っているうちに閉まってしまった。が、共立リゾートが経営を引き継ぎ、ラビスタ観音崎テラスと名前を変え昨年リニューアルオープンしたとのこと。思い切ってひとりで1泊することにした。 せっかくなのでリゾート気分を堪能しようと、まずは観音崎の突端に立つ観音埼灯台へ。青い海をバックに白亜の八角形の建物が映える。踊り場から見下ろす東京湾は壮観だ。 ホテルの向かいには横須賀美術館がある。のどかだけれど都会的なセンスを放つ外観は、まるでガラス箱のように美しい。屋上に上がれば、ここからも東京湾を一望。屋上だけなら無料で入場できるそうだ。 さて、いよいよ憧れだったホテルに向かう。入り口を入った途端、開放的なロビーの向こうに海が見える。客室ももちろんオーシャンビューだ。ゆったりした造りで、古き良きリゾートホテルを思わせる。夏は宿泊者専用のプールもオープンする。 明るいうちに、展望露天風呂に行くことにした。寝湯にごろんと体を沈め、真っ青な空と海を仰ぐ。なんとぜいたくな時間だろう。
ホテルのすぐ裏側の海沿いには、走水観音崎ボードウォークと呼ばれる木製の遊歩道が延びている。湯上がりに散策するのにはちょうどいい。さえぎるものがない大海原。その向こうには、横浜ベイブリッジとアクアラインだろうか。東京湾の目の前にいるんだなあと実感する。 三浦半島と房総半島の間に挟まれた浦賀水道は、東京湾と外洋を結ぶ海上交通の要衝。普段見慣れない外国籍の大型貨物船や客船がひっきりなしに通る。なんだか、ユーミンが描く歌の情景のように、エキゾチックで都会的だ。ぼんやり眺めていると、昔聴いたユーミンのいろいろな曲が頭の中を流れる。 80年代後半、フリーライターになった頃、自宅でいつもユーミンをかけていた。女性たちの結婚観、仕事観、人生観が大きく変わりつつある中で、ユーミンの歌詞に出てくる女性は、葛藤しながらも、自分らしく生きようと必死でがんばっているように映った。そんな女性像に憧れ、自分も輝きたいと、怖いもの知らずで突っ走っていた若かりし頃の気持ちがふっとよみがえる。 “あれからもう40年、ちゃんと生きてこられたのかな” 心の中で自問する。還暦を過ぎ、小さい字も見えにくくなった。少し気弱になっていたのかもしれない。すると20代の自分に“まだ人生終わってないよ”と、肩をたたかれた気がした。 きらきらと光る海を、そのまましばらく眺めていた。 翌朝目覚めると、ベランダの向こうは空と海。なんとすてきな1日だったろう。旅に元気をもらったようだ。すぐバスに乗らず、海沿いのよこすか海岸通り(国道16号)を少し歩くことにした。15分ほど行くと、釣り船の船宿が軒を連ねる。リゾートとはまた違った風景が新鮮だ。その先に船が何艘も係留されている漁港が見える。走水漁港だろう。 そして、漁港の横に、古びた歩道橋が見えた。この歩道橋が「よそゆき顔で」の歌詞に出てくる“観音崎の歩道橋”のモデルとされている。インターネットには、ユーミンがロケハンに来たなんて話もあり、ファンの聖地になっているらしいが、真偽は不明だ。 帰りのバスは横須賀駅行き。そのまま終点まで乗って、スカジャンの店が立ち並ぶドブ板通りを歩いてみるのもいい。 文/高崎真規子 写真/三川ゆき江 ラビスタ観音崎テラス ひとり旅プランは1泊2食3万1150円から(繁忙期を除く) 住所:横須賀市走水2-1157-2 交通:京急本線馬堀海岸駅からバス10分、ラビスタ観音崎テラス・横須賀美術館前下車すぐ/横浜横須賀道路馬堀海岸ICから3キロ 電話:046・841・2355 ※「旅行読売」2024年5月号の特集「泣ける ひとり旅」より