アングル:中国政府、学習塾規制を水面下で緩和 就職難の大卒者の受け皿に
Casey Hall Laurie Chen [上海/北京 28日 ロイター] - 中国は低迷する経済の活性化を図るため、営利目的の学習塾に対する規制をひそかに緩和しており、3年前の政府による取り締まりで深刻な打撃を受けた業界に復活の兆しが現われている。ロイターでは業界関係者、アナリストらに取材し、データを確認した。 この方針転換については何の公式発表もない。だが、ロイターが取材した業界関係者8人、業界の動向に詳しいアナリスト2人によれば、政府が雇用創出の支援に向けてかじを切る中で、政策担当者は学習塾業界の成長を認めることに暗黙の了解を示しているという。 この変化は、学習塾ビジネスの新たな成長や、中央政府がそのアプローチを明確にする動き、そしてここ数カ月の段階的な自由化について語った5人の親らへの取材からも明らかだ。 今回紹介する政策運用の緩和や、学習塾が公然と経営されるようになっている点については、これまで報道されていなかった。 2021年以降、「双減」(二重削減)政策と呼ばれる政府の規制により、学校教育の主要科目における営利目的の学習塾事業が禁止された。生徒の学習負担と親の経済的負担を緩和するのが狙いだ。 規制により、新東方教育科技集団や好未来(TALエデュケーション・グループ)など民間教育企業の時価総額は数十億ドルも減少し、数万人が職を失った。規制以前には、中国における営利目的での学習塾産業は市場規模にして約1000億ドルと評価され、最大手3社は17万人を超える雇用を生み出していた。 だが、この業界は回復力を見せた。中国の教育システムでは非常に競争が激しく、ミシェル・リーさん(36)のような親らは、子どもの学習を支えてくれる学習指導サービスを求め続けていたからだ。 中国南部で暮らすリーさんは、数学の個別指導や英語のオンラインレッスンなど、息子と娘が受ける課外指導のために月3000元(約6万4000円)を払っている。リーさんはロイターに対し、2021年以降に比べて、ここ数カ月は学習塾も以前より大っぴらに営業するようになっていると語った。 「あの政策が始まった頃は、学習塾は少し脅えているように感じられた。授業中はカーテンを閉めるなど、隠れて営業しているようだった」とリーさんは言う。「でも、今ではもうそんなことはやっていないようだ」 プレッシャーのきつい中国の教育環境で自分の子どもが落ちこぼれないようにするために、親としては学校以外の教育機関に頼る以外に選択肢はほとんどないとリーさんは語った。子どもの勉強を手伝おうとして「自分の手には負えないと感じた」と言う。 教育省は、学習塾業界に対するアプローチの変化についての質問には回答しなかった。 全国人民代表大会(全人代、国会に相当)の代議員であるリュー・シヤ氏は、重慶を本拠とする教育企業グループの社長を務める。3月の教育省の記者会見で地元メディアに対し、教育政策における「難題」は徐々に解消されつつあると語った。 INGの大中華圏担当チーフエコノミスト、リン・ソン氏は、民間教育産業に対する取り締まりが「やや強引すぎた」と中国政府が認める可能性は低いとして、むしろ「規制姿勢を緩める方向へと暗黙のうちに進むだろう」との見方を示した。 <変化する規制環境> ある大手民間教育企業で規制対応を担当する幹部2人は、ロイターの取材に対し、政府の規制緩和に向けた動きはここ数カ月で加速していると述べた。 特に注目すべきは、中国の内閣にあたる国務院が8月の決定において、政府による景気てこ入れの重要な柱である消費拡大に向けた20項目の計画に「教育関連サービス」を盛り込んだことだ。1100万人以上の大卒者が国内の労働市場に流れ込む時期でもあり、この動きは教育関連の上場企業の株価を押し上げた。 この発表に先立って、2月には学校外で許容される学習指導の区分について教育省が指針案を示したほか、昨年には主要科目以外の指導を行う許可を受けている企業をオンラインで確認できる「ホワイトリスト」が導入されている。 教育企業幹部の1人は、取り締まりが始まった頃のピーク時に比べて、最近では学習塾に対する地方当局による調査もかなり減っていると話している。 取材に応じた教育企業幹部は2人とも、8月以降の当局の態度からは、学習塾業界は引き続き厳しく規制されるが、主要な教育課程についての指導に対する制限を事業者が順守する限り、公正かつ合法的に事業を展開する可能性は高まってきたことがうかがえると述べた。 コンサルタント企業オリバー・ワイマンでアジア教育実務部門を率いるクラウディア・ワン氏は中国政府について、質の低い事業者を排除した上で、「非常に高い」若年層失業率の解消に教育産業が貢献するよう期待していると話す。 教育関連の上場企業による雇用パターンその他の動きには、今年は教育産業が拡大する兆しが現われている。 調査会社プレナム・チャイナによれば、営利目的の課外学習指導センターに対する発行済みライセンス数は、1月から6月にかけて11.4%増加している。 ロイターは年間報告書のデータと、中国の主要求人プラットフォームの求人情報を調査した。その結果、TALと新東方教育科技は今年、数千のポジションで採用活動を行っている。両社とプレナム・チャイナのデータによると、TALと新東方教育科技が運営する学校や学習センターの数も回復している。 両社の株価は今年、平均して2021年以来の高値で取り引きされているが、依然として取り締まり前の水準を大きく下回っている。 規制環境の変化にどう対応しているかに関する質問に対し、新東方教育科技はコメントを控えた。TALからも回答は得られなかった。 新東方教育科技は9月の年次報告書の中で、民間教育に関連する規制や政策の解釈・施行のあり方を巡って「大きなリスク」が続いていると指摘している。 <カリキュラムで小細工も> 民間教育産業が復活してきたもう1つの理由は、そもそもこの業界の根絶など不可能であると判明したことだ。 これまで民間学習塾の運営は、数こそ減少していたものの、実質的にはさまざまな形で継続されていた。規制を回避するため講座を再編したり、隠語や婉曲表現を使って宣伝するという例も多かった。たとえば数学関連の講座は、「論理的思考」の講座として宣伝されるのが普通だ。 東部の浙江省で英語の学習塾を営むリサ氏は、数学や英語といった主要科目の指導を禁じるルールを守るため、カリキュラムを変更した。 当局による懲罰を恐れてフルネームは伏せたいとしているリサ氏は、取り締まりの後、スタッフの60%を解雇したと話す。だが塾そのものは、英語のクラスとは称さず、科学関連の内容を英語で教える形に切り替えて指導を続けたという。 一方、個別指導形式の塾は繁盛していた。経済的に余裕のある親は、高い料金を払って家庭教師を呼んでいたからだ。 この状況に不安を隠せない親もいる。上海に暮らす2児の母ヤン・ツェンドンさんは、あの政策のせいで、子どもが授業についていけるように、1回当たり最高で800元(約1万7000円)にもなる家庭教師を雇うか、毎日何時間もかけて親が勉強を見てやるという選択を突きつけられていると嘆く。 「双減政策が続けば、富裕層とそれ以外の間の学力格差はさらに広がるだろう」とヤンさんは言う。「それは政策の意図ではないだろうが、現実なのは確かであり、もちろん政策を変えていく必要がある」 (翻訳:エァクレーレン)