「光る君へ」ファンにもお薦め…平安から近代まで活況を呈する時代小説!
永井紗耶子『きらん風月』は、「尼子十勇士」の物語でも知られる戯作者・栗杖亭鬼卵とカタブツの元老中・松平定信の出会いを通して、政道に振り回される庶民の様子を描いている。生まれる場所も仕える主も選べない中で庶民は何にすがり、どう生きればいいのか。そんなときに糧になるのが学問であり芸術芸能なのだと鬼卵は説く。 時代ものからはまず麻宮好『月のうらがわ』を。母を亡くし、父と弟と三人で長家に暮らす十三歳の綾が、長屋の人々との交流を通して少しずつ大人になっていく様子を描く。父を支え、弟を育てるという大人の役割を与えられる一方、自分をもっと見てほしいという悲鳴のような子どもの心。そのせめぎ合いの描写が見事だ。醜いものや嫌なことは多々あっても、希望や救いも必ずあるのだと励ましてくれる一冊。 やっぱり上手いなあと思ったのが、木内昇『惣十郎浮世始末』だ。倹約令や疫病などで江戸の町に閉塞感が漂っていた天保年間を舞台に、定町廻同心の服部惣十郎が火付けの下手人を追う。さまざまな事件を通して描かれるのは、人は間違うことがあるという厳然たる事実だ。その間違いにどう向き合うのか、現代を鋭く照射する物語である。人物も魅力的なので続編が待ち遠しい。 芸道ものから挙げるなら、やはり蝉谷めぐ実『万両役者の扇』だろう。人気役者・今村扇五郎を巡る人々を主人公に据えた連作短編集で、ファンに始まり、小屋出入りの饅頭屋、木戸芸者、鬘師などを取り上げて、好きなもののために狂っていく様子を凄烈に綴った。役者とはまた違うそれぞれの〈業〉がねっとりと描かれ、これだこれだ、これが蝉谷めぐ実だとゾクゾクさせてくれる。 最後に近代から二冊。伊吹亜門『帝国妖人伝』は、作家を目指しつつも新聞の三文記事で口を糊する那珂川二坊が明治から昭和にかけて出会った事件の数々を連作で綴る形式だ。各話の事件は殺人あり密室ありと本格ミステリーのガジェットたっぷりだが、ポイントはそれぞれの編ごとに探偵役が変わること。事件の謎解きそのものより、それが誰なのかに驚かされる。通して読めば時代が俯瞰できる、楽しい仕掛けの一冊だ。 大正時代を舞台に、上流階級で暮らす妾の子の知略を描く永嶋恵美『檜垣澤家の炎上』は圧巻。知恵者の少女がその頭脳でのし上る痛快さの一方、背景にある軍需景気とその後の戦後不況、スペイン風邪の流行、大正デモクラシー、そして関東大震災といった時代の描写が主人公たちを翻弄していく。時代ものとしてもミステリーとしても成長物語としても読み応えたっぷりだ。永嶋恵美の、ここまでの代表作であり新機軸である。 ウクライナ侵攻や地方再生もテーマに!? 現代社会が抱える問題解決のヒントを歴史時代小説で読む へ続く
大矢 博子/オール讀物 2024年11・12月号