AI時代の音楽クリエイティブの正義はどこにあるのか? ジャスティスに聞いてみた
テクノロジーが進化するほど、手作りのものが求められる
──今、ギズモード・ジャパンでは「RAGE AGAINST THE AI, CAUGHT BY THE AI」というメッセージの入ったアパレルを作っています。意図としては、ギズモード編集スタッフでAIに大賛成って人も大反対って人も実はいなくて、AIをよく知っている人ほど、実は相反する感情を抱いているのではないかと思うのですが、おふたりはこの点についてどのようにお考えでしょうか? グザヴィエ:全く同じ気持ちだね。さっきも言ったけど、AIにできて人間にできないこともあるし、アーティストの観点、特に音楽とかアートに関して言えば、そういうところに面白さを感じているよ。 でも、AI技術を音楽やアートの分野だけで活用することに限って言うと、生成AIで作られたものは今の段階だとすぐ古臭くなってしまうというか、奥深さをあんまり感じないんだよね。たとえば、生成AIで作った音楽は2日間くらいはすごく面白いと思っても、2週間後に聴いてみると急に10年くらい古いものに感じてしまうんだ。 もちろん、面白いものが作れる可能性は感じるからすごくいいツールだと思ってるし、僕らには新しいものに対して単に反対する気持ちはないから、すごく否定的な気持ちもないよ。でも、今の段階では限界を感じるから、完全に賛成ってわけでもないね。 ──おふたりは日本のSFアニメや漫画などにも影響を受けているそうですが、フランス人とテクノロジーとの接し方に特徴(国民性)はありますか? また、日本人と比較してどのように思われますか? ギャスパール:テクノロジーに関しては日本は最前線だと思うし、自分たちが使ってるシンセサイザーだって日本のメーカーのものだから、すごく魅了される部分があるよ。 その中でも特に魅力を感じるのは、伝統とテクノロジーをすごくうまく融合させているところだよね。しかもそれを独自の感性でやっているところがすごくエキゾチックだと感じる部分なんだ。特に今の40代~50代のフランス人は、そういう世界観が反映された大友克洋さんの『AKIRA』や『老人Z』を通して、日本のカルチャーにすごく魅了されたはずだよ。 それに比べるとフランスは、多分テクノロジーを日常生活に取り入れるのが遅いのかなって思う。でも、今はみんなスマホを持ってるし、SNSもすごく使っている。もちろんフランスで開発された半導体とかもあるけど、フランスに来たときにパッと目につく、伝統とテクノロジーが融合したものはあまりないかもしれないね。 グザヴィエ:ここ数年日本には行ってないから、日本も同じかどうかはよくわからないんだけど、最近欧米でトレンドになってきているのが、人間の手で作られた少数限定生産のプロダクトなんだよね。 食べ物にしてもそうだし、家具とか服とかワインとかもそう。なるべくテクノロジーとは無縁のハンドメイドのものがすごく人気なんだ。特に日系アメリカ人の家具デザイナー、ジョージ・ナカシマさんの家具はすごく人気だよ。彼の手で作られた木製の家具は、木目にしてもひとつひとつ違うから当然、同じものがないんだけど、そこに価値を見出す人が増えてきているんだよね。 そういう意味では、テクノロジーが進化すればするほど、人間はやっぱり手作りのものや量産できないもの、伝統に則ったものとか、作った人の技術やイメージが反映されたものを求めていくんじゃないかなって思うんだ。 ギャスパール:それには同感だね。日本の文化が素晴らしいと思ったのは、職人の伝統的な技術と最先端のテクノロジーをすごくうまく融合させてるイメージがあるからだよ。グザヴィエが言ったように、フランスでも最近になって、人の手で作ったものがワインや服にも求められるようになってきた印象があるよ。 グザヴィエ:そういう知識や職人の技術が如実に反映されてるのが、やっぱり『AKIRA』だと思うんだよね。あれは35年前の作品だけど、本当に斬新な映像に見えるし、たぶん最後の全編手描きのアニメだと思う。 でもそんなアナログなものでも、3DCGとかの最新技術を使った今のアニメと比べても本当にすごくインパクトのあるアニメだよね。『ブレードランナー』もそう。 使われている特殊効果は技術的にはすごく古いものだけど、今見てもリアルに感じるし、最近の最新技術を使った映画よりも全然心打たれるよね。そう考えると、今はそういった作品作りにテクノロジーを取り入れ、いかに良いものを作るかっていうことの限界っていうか、その際の部分に来てしまっている気がするよ。