「活け締め」─それは美食の国フランスが恋した、日本の伝統技法 価格は普通の魚の倍、偽物も出回る…
魚を締めるための日本固有の技術「活け締め」。この技法を用いれば、魚を長時間苦しませることなく、鮮度もより良く保つことができる。海を超えて輸出されたこの日本の技がいま、フランスの美食家たちを魅了している。 【画像】「サスエ前田魚店」の神経締めされた太刀魚 午前10時30分、静岡県焼津市──小さな店の前で、競りから戻ってくるライトバンの到着を十数人がいまかいまかと待っている。がっしりした身体つきの男が顔を輝かせて車から降りてくると、喜びの声が一斉に上がった。 その男の名前は、前田尚毅(まえだ・なおき)。彼は、市長などといった地元の名士というわけではなく、魚屋「サスエ前田魚店」の5代目で、迎えに出ていた小さな一団はわざわざ車を4時間走らせて京都からやって来た料理人たちだ。彼らはここで、「どうやったら海産物の良さを最大限に引き出すことができるのか」を会得しようというのである。 「前田さんの技術は、唯一無二のものなんです」と地元のシェフ、井上靖彦がこっそり教えてくれる。ついさっきその店でメカジキと鯛をたっぷり仕入れたという。「日本中からこの店に来る人がいます。海外から来る人も。『魚の魔法使い』と呼ばれる前田さんに秘訣を聞きに来るんです。前田さんはどんな魚でも、一番の味を引き出すことができますから」 前田尚毅は、海の生き物と実に特別な関係を持っている。京都から来たシェフたちと話す前、前田は一匹のブダイが泳ぎ回っている生簀へと向かった。「飼い主」が近づいてくると、魚は自ら頭を出して撫でてもらう。 「9年前から知っていますから、とても気安い仲です。魚ですが、まるで小犬みたいに振る舞うこともあるんですよ」と言って前田は笑う。 「活け締めは独学で覚えました。誰かに教えてもらって、この魚の裁き方を身に着けたのではありません。水産高校を出た後は、自分で実験や観察をして、自分なりのやり方を身に着けたのです」 職人、前田はたっぷり3時間かけて、シェフたちに魚を保存する温度は何度がいいのか、どういった氷を使ったらいいのか、なぜ切り身に塩を振るのか、どう振ったらいいのか……などを説明する。 しかし、この即興講演会の一番の見どころは「活け締めの実演」だ。「活け締め」とは、日本に古来より伝わる魚の締め方であり、前田は絶えずこれを研鑽してきた。