「思い出が空間記録される可能性」を夢想する(西田宗千佳)
カジュアルさこそが鍵である
これらの手法は2つの方向性に分けられる。 それは「撮影後に別の視点から見られる」という要素を持つ能動的な使い方のできるデータと、そうでないデータ、という視点である。 パノラマ・360度記録や3Dデータは、あとから見られる方向を変えられるという意味で「能動的」を指向しており、ステレオペア記録による映像は、一般的な写真や動画と同じく受動的なもの、と言えるだろうか。 能動的なものの方がリッチな表現ではあるが、実のところ、多くの人が使う上で大きな課題を抱えている。それは、「写真を見る時はそこまで能動的ではない」ということだ。 360度写真は非常に可能性のある技術だが、今も一般化していない。その理由は、撮影後に「自分の後ろや横を見る」ことがあまりないためだ。物珍しい頃は楽しむが、そのあとはなかなか使わない。現在の360度カメラでもっとも売れている「Insta360」シリーズも、結局のところ、360度動画のまま使うのではなく、後から好きな画角の動画を作り出すために使われている。 日常的な記録に求められるのは、「できる限りシンプルな方法で撮影できる」ことであるとともに、「できる限りシンプルに見られる」ことが必須、ということがここから見えてくる。
アップルの「空間ビデオ撮影」が大きなきっかけに
過去には、3D写真や動画を撮影するのは非常に大変なことだった。専用の機材を用意し、処理も大変で、画質も悪かった。 しかし今は、ある意味でシンプルになった。正確には「シンプルな方法もできた」というべきだろう。 ここでは、iPhone 15 Proが「空間ビデオ撮影」機能を搭載したのが大きい。 アップルのいう「空間ビデオ」とは、要はステレオペア動画のことであり、空間自体を3D化するわけではない。そこが少々戸惑いの元ではあるが、「ステレオペア動画」「3D動画」というのもあまり定着していない言葉ではあるし、空間ビデオという新語を用意するのもそこまで悪い話ではなかろう。 ポイントは1つ。特別なハードウェアを用意せず、簡単に撮影できることだ。 現在のスマホは複数の画角のカメラを搭載している。その特性を活かし、画質・画角を調整して「空間ビデオ」を、いままでどおりのビデオ撮影に近いやり方で撮影できる。必要な手順は、空間ビデオのボタンを押すことくらいだ。画質もかなり高い。 より安価なiPhoneでも空間ビデオ撮影が可能になっていくと予想しているが、そうなるとインパクトは大きい。 アップルが空間ビデオを導入できたのは、iPhoneが搭載しているカメラの特性によるものがある。だが、それを他社のスマホでもできないか、というとそんなことはなかろう。向いている製品・向いていない製品はあるが、他社でも同じように撮影を可能にしていくものは出てくるかもしれない。 フォトグラメトリなどの3D記録は、別にiPhoneでなくても実現できる。クラウドとの連携は必須だが、どんどん手軽でハイクオリティになっていくだろう。 ただその性質上、撮影する場所全体を撮影する必要がある。スマホを動かしながら、ちょっと時間をかけて記録するので、空間ビデオほどシンプルで気軽、というわけではない。だから、こちらは「こだわりがある人向け」にとどまるかもしれない。 カジュアルなものの可能性としては、静止画からの奥行き生成かもしれない。AIの進化により、写真からの奥行き推定の品質はどんどん高くなっている。完全な3Dにはならないが、「ちょっと立体感のある写真」を作るのは簡単になる。