ダーウィニウス「イーダ」が発見されたグルーべ・メッセル　gettyimages

　長い長い進化の中で、私たちの祖先は、何を得て、何を失い、何と別れてきたのかーー 　約46億年と言われる地球の歴史において、生命が誕生は、遅くとも約39億5000万年前と言われています。そして、最初の人類が登場するのは、約700万年前。長い地球の歴史から見れば、“ごく最近”です。 【画像】真霊長類「空白の期間」に至る進化の道のりを概観する 　しかし、そのホモ・サピエンスも、突如として誕生したわけではありません。初期生命から現在へと連綿と続く進化の果てに、生まれたのです。私たち「ホモ・サピエンス」という一つの種に絞って、その歴史をたどってみたら、どのような道程が見えてくるでしょうか。そんな道のりを、【70の道標(みちしるべ)】に注目して紡いだ、壮大な物語がです。 　この『サピエンス前史』から、70の道標から、とくに注目したい「読みどころ」をご紹介していきましょう。今回は、初期の霊長類の進化における「謎」について解説します。 　*本記事は、『サピエンス前史　脊椎動物から人類に至る5億年の物語』(ブルーバックス)を再構成・再編集したものです。

サルのような顔になる

上：アダピス類のノタルクトゥス。アメリカに分布する始新世の地層から化石が発見された　下： オモミス類のネクロレムール。ヨーロッパに分布する始新世と漸新世の地層から化石が発見された　illustration by hidenori yanagisawa

　霊長類が登場した。 　しかし、その先が(も)よくわかっていない。 　遅くとも約5600万年前の暁新世末、あるいは、始新世初頭までに登場した霊長類は、ほどなく二つのグループに分かれた。 　一つは、比較的大型の体躯をもち、吻部が長く、後頭部(脳の収まるスペース)が小さいグループだ。アメリカに分布する始新世の前期～中期の地層から多量の化石が産出する「ノタルクトゥス(Notharctus)」は、このグループの代表格で、頭胴長は50センチメートルに達し、長い尾を備えていた。『新版　絶滅哺乳類図鑑』において、著者の冨田幸光は「その骨格はマダガスカル島に現生するキツネザルやシファカのそれに驚くほどよく似ている」と書く。 　もう一つは、比較的小柄で、吻部が短く、後頭部が大きいグループである。こちらは、始新世から、その次の時代である漸新世にかけてのヨーロッパの地層から化石が産出している「ネクロレムール(Necrolemur)」が有名だ。ノタルクトゥスよりふた回り以上小さく、眼窩が大きい。 　前者は「アダピス類」、後者は「オモミス類」と呼ばれる。 　かねてより、オモミス類こそが“ヒトに至る系譜”であると考えられていた。たしかに“顔つき”をみても、脳(の収まるスペース)が大きいという点からもオモミス類の方がヒトに近く感じる。 　しかし、『化石が語るサルの進化・ヒトの誕生』や『古生物学の百科事典』などでは、アダピス類とオモミス類の双方から“ヒトに至る系譜”に“点線”が伸びた上で、ともに「？」がつけられている。