海の底の深海魚浮上中 国内有数の宝庫・鹿児島の「うんまか」PR大作戦 捨てていた厄介者から特産品へ
「鹿児島のうんまか深海魚ございます」。こんなのぼり旗に引かれて鹿児島市内の居酒屋ののれんをくぐった。甘みの強いエビや脂の乗った白身魚…。なじみのない海の幸に舌鼓を打った。実はこれらは深海魚。鹿児島県は国内有数の深海魚の宝庫なのだという。ところが、そういう状況はまだ知られていない。高齢化や後継者難で衰退する沿岸漁業にとっては貴重な資源となり得るだけに、深海魚をPRする取り組みが広がっている。 (内田完爾) ▶深海魚のカゴシマニギスを提供する高柳伸一さん 「ドザーッ」。台上でクーラーボックスをひっくり返すと、勢いよく赤い小エビが流れ出る。大量のエビの中に、尾の長い銀色の魚や大きな目をした魚が交じっていた。キュウシュウヒゲ、オオメハタ、マルヒウチダイ…。名前を聞いても知らない魚ばかり。 「これはエビ漁の網に入ってくる深海魚。毎回出荷するほどには量が安定しない。おいしいんだけどね」。5月下旬、鹿児島湾に面した垂水市の漁協。エビ漁を終えた大瀬美幸さん(67)が教えてくれた。この日の漁獲はナミクダヒゲエビやヒメアマエビなど深海のエビが約40キロ。1キロほどが他の深海魚だった。 鹿児島大水産学部の大富潤教授によると、鹿児島湾の最大水深は237メートル。大陸棚の外海に匹敵する深さという。鹿児島県内にはほかに薩摩半島西岸沖や南西諸島周辺など深海が多い。大富さんは「鹿児島は西の深海魚王国。(深海魚による地域おこしで有名な)静岡県の駿河湾にも決して負けていない」と力説する。 そんな豊かな海がある一方で、大富さんによると、沿岸漁業は「乱獲の心配をする必要がないほど」に衰退していて、県の統計では2023年の県内の漁船数は10年前から3割減少した。 そのような中、目を付けたのが深海魚。市場で流通しないためエビなどの底引き網漁で混獲された深海魚は厄介者扱いされて、海上で捨てられていたという。「深海魚の価値を高めて漁業者の所得が向上すれば、後継者難も解消される。何よりおいしい魚がもったいない」。水産会社や行政と協力して2020年8月、「かごしま深海魚研究会」を発足。イベントや講演会などを通して普及に取り組んできた。 活動に賛同し、深海魚を提供する会員の飲食店や地元スーパーなどに「うんまか深海魚」ののぼり旗やポスターを配布。13店だった会員は50店に増えた。 大富さんには成功体験がある。20年ほど前、研究対象だったヒメアマエビのおいしさを知って普及活動を開始。市場で二束三文だったヒメアマエビは特産品に育ち、価格は上昇した。「もったいないを解決したエビ」と胸を張る。 鹿児島市の居酒屋「鮮極GAORYU」は深海魚を目当てに県外からも客が来るようになったという。店主の高柳伸一さん(48)は、「ここ数年で深海魚ファンは確実に増えている」と実感している。タダ同然だったのに1キロ千円以上で取引されるようになった魚もあるという。高柳さんは「漁師とのコンビプレイで、もっと深海魚のおいしさを広めたい」と笑顔を見せる。 未利用魚の活用を通して、魚が並ぶ食卓を守る-。脂の乗った深海魚をかみしめながら可能性を実感した。