なぜ「9秒間」? 東海道新幹線発車ベルを鳴らす時間はどのように決まったか
在来線では状況で変わる時間
列車の出発時刻は、発車ベルが鳴り始める時と思う向きもあるようだが、正しくは、ドアを閉じて車輪が回り始める時と定められているので、発車ベルは事前に鳴らされ、ドアを閉じて運転士が安全を確認して出発操作を行う時間を見込んで、止めなければならない。 だが、駅の大きさや運行の状況も加味することが必要だ。都市圏通勤電車の途中駅では停車時間は20秒が一般的なので、発車ベルは4~5秒間だが、始発駅や大きな駅ではそれより長く、停車時間の短い途中駅や小さな駅では短くなる。 当初は車掌が乗客の乗り降りを確認し、頃合いを見てドアを閉めていたのだが、乗客が途切れない大規模駅や編成が長い長距離列車では、タイミングを見極めることも難しくなった。 先日も地方から家族連れで東京を訪れた友人が、「地元の市電では車掌が乗客の乗り降りを確認してドアを閉めるのに、山手線は乗客が乗り切らないうちにドアを閉めたので、家族が分断されて、離れ離れになってしまった。東京は怖いところだ」と憤慨していた。 確かに、乗客の安全確認は車掌の任務であり、乗客の乗り降りに注意を払うべきなのだが、東海道新幹線では列車の長さが400メートルにも達していて、すべての乗客には車掌の目が届かないうえに、ホームヘの出入り口や階段が何か所もあって、乗客の流れを完全に断ち切ることができない。したがって、車掌は発車時刻から逆算してベルを鳴らし、ホームに設置されている数台の監視カメラの画像を確認して、ドアを閉める。
「ご当地」メロディが花盛り
ちなみに、ベル音にも面白い変化がある。昔ながらの「ジリジリ」音は、今の生活環境や列車の運行頻度を考慮すると刺激的すぎるとの意見が多く寄せられたため、1970年代後半から「ピロピロピロ」と鳴る電子音に換えられた。 ところが、通勤電車の駅では、「ピロピロピロ」音が頻繁に鳴らされると、うるさいとの声が多く、JRは89年に音響メーカーと共同開発した電子メロディ音を導入した(私鉄の一部では70年代から使用)。新幹線の駅での発車ベルは5~6分に1度の頻度だが、大きな通勤電車駅では隣接したホームで頻繁に鳴らされたり、上下線で重なることもあり、うるさい上に、どの電車のベルか聞き分けられないこともあるからだ。 そこで、電子メロディ音に換えられたのだが、近年では駅に合わせたテーマ曲を編曲した「ご当地」メロディが採用されていることが多い。例えば、高田馬場駅と新座駅では「鉄腕アトム」のテーマソング、蒲田駅では映画の「蒲田行進曲」、恵比寿駅では「ヱビスビール」のCMのBGM(映画『第三の男』のテーマソング)、水道橋駅ではジャイアンツの応援歌のメロディなどが流されている。メロディの種類はJR東日本の使用分だけでも400種類にも上り、ベル音は少数派になっている。 体感的にはメロディ音はマイルドなだけに感情がいたずらに刺激されず、「駆け込もう」という意欲が抑えられるので、「駆け込み」防止には役立っていると思うが、一方で「警告」の意味は薄まるように思う。しかし、通勤電車では、毎日(朝夕)繰り返し聞かされているわけで、そうなると、音の持つ意味(警告)が脳に刷り込まれ、記憶されているメロディが流れるだけで、通勤客には十分な効果を発揮するのだろう。 音の種類と継続時間によって、人間の意思がコントロールされるというのは、興味深いことだ。 ---------- 織田一朗(時の研究家)山口大学時間学研究所客員教授 1947年生まれ。71年慶應義塾大学法学部法律学科卒業。(株)服部時計店(現セイコー)入社。国内時計営業、名古屋営業所、宣伝、広報、総務、秘書室勤務を経て、97年独立。以後、執筆、テレビ・ラジオ出演、講演などで活動。日本時間学会理事(2009年6月~)、山口大学時間学研究所客員教授(2012年4月~) 著作:『時計の科学―人と時間の5000年の歴史』(講談社ブルーバックス)『「世界最速の男」をとらえろ!』(草思社)『時と時計の雑学事典』(ワールドフォトプレス)『あなたの人生の残り時間は?』(草思社)『「時」の国際バトル』(文春新書)『知ってトクする時と時計の最新常識100』(集英社)『時計と人間―そのウォンツと技術―』(裳華房)『時と時計の百科事典』(グリーンアロー出版社)『時計にはなぜ誤差が出てくるのか』(中央書院)『歴史の陰に時計あり!!』(グリーンアロー出版社)『日本人はいつから〈せっかち〉になったか』(PHP新書)『時計の針はなぜ右回りなのか』(草思社)『クオーツが変えた“時”の世界』(日本工業新聞社)など多数。