迫力の映像とリアルな音響「シネマ歌舞伎」に既成概念が覆された
尾上松也(39)が演出に初挑戦し、昨年7月に東京・新橋演舞場で上演された新作歌舞伎「刀剣乱舞 月刀剣縁桐(つきのつるぎえにしのきりのは)」がシネマ歌舞伎として全国の映画館で公開されている。8台のカメラで役者の汗、涙、息づかいまで記録。鮮明な映像と高品質な音響で、生の舞台そのままの臨場感を実現した。歌舞伎担当の有野博幸記者が、ポップコーンを食べながら歌舞伎を堪能できるシネマ歌舞伎の魅力を解説する。 ◆鈴が後ろから聞こえて振り返りそうになった 大げさに言えば、既成概念が覆された。「舞台は生で見るもの」と思っていたからだ。今しかない時間と空間を共有できるのは、生の舞台の醍醐(だいご)味。それに対し、シネマ歌舞伎は最新のデジタル技術を用いて時空を超える。過去の大好きな作品や役者に再会できるし、より深く作品の魅力を知ることができる。 新作歌舞伎「刀剣乱舞―」は役者それぞれに見せ場があり、人間ドラマが描かれているので大好きな作品だ。歌舞伎ならではの様式美、演出も盛りだくさん。昨年、開幕前の舞台稽古も取材しているので、今回が3度目の観賞となるが、新しい発見がいくつもあった。 東劇で7日午前10時の回を観賞した。歌舞伎座や新橋演舞場では上演中の飲食はNGだが、この日は売店でホットコーヒーを買って席に着いた。斜め前の若いカップルはポップコーンをポリポリと食べながら上映を待っている。映画館の座席はゆったりしているから途中でお尻が痛くなることもない。初心者にはハードルが高いと思われる歌舞伎の観劇マナーも気にせず、リラックスして観賞できる。 上映が始まり、まず驚いたのは、5・1chサラウンドのリアルな音響だ。三味線は手の届くほど近距離で演奏しているように感じた。耳の奥まで直接、音色が届くような感覚。役者が花道を走る際や見得(みえ)に合わせてバタバタと音をつけるツケ打ちも、実際に板をたたいているのかと思い、上手(かみて)前方をのぞいてしまった。さらに花道の揚幕(あげまく)が開く時の「チャリン」という鈴が後方から聞こえて、振り返りそうになった。 映像は松竹映画のノウハウを持ったスタッフが8台のカメラで撮影。歌舞伎の客席からは見ることのできないアングルの映像も楽しめる。表情や息づかいが分かる「寄り」の映像も新鮮だが、個人的には「花外」「ドブ席」とも言われる花道の外側(下手側)からのアングルが気に入った。花道を引っ込む役者の表情が分かるし、その奥に舞台に残った役者たちも重ねて見ることができる。 今回、特に印象的な場面が2つあった。まず、三日月宗近役の尾上松也と足利義輝役の尾上右近(31)が一騎打ちをする立ち回り。両者の表情から緊迫感が伝わり、どこか寂しそうな感情も見て取れた。さらに松永久直を演じる中村鷹之資(25)が父親・松永弾正役の中村梅玉(77)に命懸けで訴える場面は、まさに迫真の演技。スクリーンで目の当たりにして胸に響いた。人間国宝の梅玉の胸を借りた鷹之資の熱演は圧巻だった。 シネマ歌舞伎を初めて見て、これまで歌舞伎の舞台を観劇する際、表面的な部分しか見ていなかったと反省した。歌舞伎の奥深さ、楽しみ方を改めて教えてもらった気がする。昨年12月に新橋演舞場で上演した新作歌舞伎「流白浪燦星(ルパン三世)」もいつかシネマ歌舞伎で見てみたい。(有野 博幸) ◆シネマ歌舞伎 2005年の第1弾「野田版 鼠小僧」から始まり、演目は40作以上。料金は歌舞伎座の1等席(1万8000円)に比べ、2200円(前売り1900円)とお手頃だ。5月には中村勘九郎(42)、中村七之助(40)らのNEWシネマ歌舞伎「三人吉三」、6月には片岡仁左衛門(80)、坂東玉三郎(73)らの「桜姫東文章 上の巻」を上映する。
報知新聞社