【北陸新幹線でぐっと近く】福井・越前和紙の守り神「岡太神社・大瀧神社」:日本一複雑な屋根を持つ優美な社殿
紙業界の総鎮守として信奉を集める
泰澄は越前と加賀国(現石川県)、美濃国(現岐阜県)にまたがる霊峰・白山を初めて登拝したことで知られている。 平安時代から白山信仰が盛んになると、大瀧寺は修行の場として栄え、中世には堂塔48坊、社僧700人以上を誇ったという。織田信長の一向一揆討伐の際に焼失したが、その後は復興し、江戸時代には名産品・越前和紙の守護神として歴代藩主の保護を受ける。
1868年(慶応4)年の神仏分離令によって、大瀧寺は廃寺となり、大瀧神社に改称。同年には明治新政府が発行した日本初の全国共通紙幣「太政官札(だじょうかんさつ)」に越前和紙が採用される。造幣を担う大蔵省印刷局抄紙部が1923(大正12)年、川上御前の分霊を祭ると、紙業界の総鎮守として広く崇敬を集めるようになった。 現在は、背後の大徳山(権現山)にある上宮(奥の院)に岡太神社、大瀧神社の小さな本殿がそれぞれ並ぶ。そして麓の下宮には、本殿と拝殿が一体となった複合社殿が建ち、両社の里宮として親しまれている。
“日本一複雑な屋根”を持つ社殿
下宮の社殿は1843(天保14)年の完成。曹洞(そうとう)宗大本山・永平寺(福井県永平寺町)の勅使門も手掛けた名棟梁・大久保勘左衛門が建造した。
拝殿と本殿が一体になっているのは珍しくないが、幾重もの曲線が重なる屋根は圧巻だ。「一間社流(いっけんしゃながれ)造り」の本殿に「入母屋(いりもや)造り妻入り」の拝殿を連結する屋根に、丸みを帯びた唐破風(はふ)、三角の千鳥破風を2連で配しており、「日本一複雑な屋根」と言われている。
軒下に施された精微な彫り物は、神仏習合の色濃かった江戸期の霊廟(れいびょう)建築を想起させる。特に本殿側面にある中国の故事をモチーフにした彫刻は見事。2社の拝殿・本殿を兼ねた上に、神仏習合の霊場であることを、複雑かつ精巧な造りで表現したといえる名建築である。
岡太神社・大瀧神社
・住所:福井県越前市大滝町13-1 ・営業時間:拝観自由 ・アクセス:北陸自動車道武生ICから車で10分。JR「武生」駅から福鉄バス南越線「和紙の里」下車、徒歩約10分 ※北陸新幹線「越前たけふ」駅から「武生」駅までは越前市シャトルバスで13分 取材・文・写真=ニッポンドットコム編集部