『ゴジラ-1.0』は『シン・ゴジラ』と正反対のアプローチ 同時代性が詰まったラストシーン
『永遠の0』などの映画で知られる山崎貴監督の最新作『ゴジラ-1.0』が、11月3日に公開された。 【写真】神木隆之介×浜辺美波が白髪交じりの老齢に 『らんまん』最終回のワンシーン
※本稿は物語の結末に触れています
本作は、人気怪獣映画『ゴジラ』シリーズの最新作。1954年の初代『ゴジラ』以降、さまざまな『ゴジラ』が国内外で撮られてきたが、日本で実写映画が作られるのは、2016年に樋口真嗣(監督・特技監督・画コンテ)と庵野秀明(脚本・総監督)が手がけた『シン・ゴジラ』以来となる。 「現代に怪獣が現れたら日本政府はどのように動くのか?」を精密に描いた『シン・ゴジラ』は、初代『ゴジラ』の物語を現代にアップデートしたものだったが、アニメ『新世紀エヴァンゲリオン』で高く評価された庵野監督のトリッキーなアングルで撮られた短いカットが矢継ぎ早に続く映像美学が細部まで施された、情報量の多い異色作だった。 同時に、東京大空襲、長崎・広島への原爆投下といった戦時中の記憶を怪獣に投影した初代『ゴジラ』の同時代性を、2011年に起きた東日本大震災で日本人が経験した自然災害と原発事故の記憶をゴジラに投影することによって、同時代的な作品として『ゴジラ』を甦らせることに成功した。 物語、映像、同時代性において『シン・ゴジラ』は突出しており、現代の日本を舞台にしたリアルな怪獣映画は『シン・ゴジラ』でやり尽くされてしまったと言える。 そんな中、次の『ゴジラ』を引き受けた山崎監督がどのような怪獣映画を作るのかと注目していたが、同じように初代『ゴジラ』の物語構造を引き継ぎながらも『シン・ゴジラ』とは真逆のアプローチとなっていた。 まず、ゴジラの映像と動きだが、VFX(視覚効果)に定評のある山崎貴と彼の所属する白組が制作しているだけあって、日本最高峰の映像に仕上がっていた。同時に感じるのは、『ジョーズ』や『ジュラシック・パーク』といったスティーヴン・スピルバーグ監督作品からの影響で、獰猛な怪物としてのゴジラをVFXを用いてリアルに撮ろうと腐心していた。これは日本特撮の伝統とアニメの快楽といった虚構性が強く打ち出されていた『シン・ゴジラ』とは異なるアプローチである。 また、舞台が敗戦直後の日本であるため、軍艦や戦闘機といった旧日本軍の兵器が多数登場する。このあたりは『永遠の0』や『アルキメデスの大戦』といった山崎監督が手がけた戦時中を描いた映画での経験が活かされており、戦前・戦後の風景をVFXで映像化してきた蓄積が活かされた隙のない映像となっていた。 一方、賛否が大きく割れているのが物語である。 主人公の敷島浩一(神木隆之介)は、零戦で特攻に向かう途中、機体修理のために着陸した大戸島でゴジラに遭遇。零戦に搭載された20ミリ砲で敷島がゴジラを撃てなかったことが原因で多くの整備兵が命を落としてしまう(撃っていても結果は変わらなかったとはいえるが)。それから数年後、核実験で被曝し巨大化したゴジラが戦後の日本に襲来する。 本作のゴジラには敗戦の記憶が重ねられており、ゴジラとの戦いを本土決戦に見立て、敷島たち元日本兵たちが“自分たちにとっての戦争”を終わらせようと苦闘する物語となっていた。 その意味で戦前の日本を肯定する愛国主義の物語と言える。しかし一方で、ゴジラを倒す海神作戦の発案者である元技術士官の野田健治(吉岡秀隆)に「思えば、この国は命を粗末にしすぎてました」と旧日本軍の振る舞いを批判させ「一人の犠牲者も出さないことを誇りにしたい」と言わせている。ゴジラを倒すために特攻を覚悟した敷島にも生きることを選択させており、英雄的な戦いとは裏腹に、戦後日本的な人命尊重の価値観が打ち出されている。 また、野田は今回の作戦を「民間主導」と語っている。これも官僚が物語の中心にいた『シン・ゴジラ』とは真逆のアプローチで、山崎の代表作である『ALWAYS 三丁目の夕日』のような市井の人々の視点から描かれた『ゴジラ』となっていた。 最後に同時代性。まず何より『-1.0』(マイナスワン)というタイトルに、少子化や円安といったさまざまな要因によって国が急速に貧しくなっている現在の日本が象徴されていると感じたが、何より驚いたのがラストである。 ゴジラは海に沈み、死んだと思われていたヒロインの大石典子(浜辺美波)が実は生きていたというハッピーエンドで本作は幕を閉じるのだが、紀子の首筋に黒いアザが見えるのが、実に不穏だ。 仮に彼女が生きていた理由が、ゴジラの剥げ落ちた皮膚から再生能力の高い細胞が付着した結果だとすれば、典子だけでなく、彼女と同じようにゴジラの細胞に寄生された人々が、第二、第三のゴジラに代わる可能性は否定できない。山崎監督は人間に寄生する共食い専門の怪物・パラサイトと人類の戦いを描いた漫画『寄生獣』(講談社)を映画化しているため、続編があるとすれば『寄生獣』のような展開もあるかもしれない。 何度倒されても再生し、人々に危害を及ぼすゴジラには、新型コロナウイルスのパンデミックのイメージが投影されているように感じる。一気に同時代性が増した見事なラストである。
成馬零一