<eye>クマと共存 模索続く
「いましたね」。樹木につけられたワイヤを、クマが必死に引っ張っている。長野県東御市で、イノシシやシカなどをとるための「くくりわな」に誤ってかかっていたのは、体長1メートルあまり、体重29キロのメスのツキノワグマだ。 【写真特集】取材中クマを発見 NPOの活動の様子 市内ではシカとイノシシによる農作物の被害が相次ぎ、昨年度はそれぞれ約200頭、約60頭が捕獲された。 一方、誤ってクマがかかってしまうこともある。本来対象としない動物が捕獲されることを「錯誤捕獲」といい、長野県は原則放獣することにしている。 市からの連絡を受け車で駆けつけたのは、同県軽井沢町を中心に活動するNPO法人「ピッキオ」のスタッフで県クマ対策員の井村潤太さん(29)。麻酔銃で狙いを定めた。 銃から放たれた「投薬器」は肩に命中。約10分後、クマが眠ったところで井村さんが盾を手に近づいた。いびきをかくクマを数人で運び、車の後部のおりに寝かせた。その後、市職員立ち会いのもと、市街地から離れた山奥に放した。 ピッキオは県東部の自治体からの委託を受け、こうした放獣を昨年度だけでも96回実施した。人に害を与えていない個体が無用に傷ついてしまう恐れもあり、ベテランスタッフの田中純平さん(50)は「クマにかかりづらいわなもある。狩猟者に使ってもらうよう、行政側がより取り組むことが求められている」と話す。 「ワオン! ワオン!」。夜も明けきらない早朝、軽井沢町の人里近い山林に勇ましい鳴き声が響く。井村さんは訓練を受けた6歳のベアドッグ「エルフ」とともに、クマを山奥へと押し戻す「けん制」を行った。 軽井沢町からの委託で町内で捕獲されたクマに発信器を装着し、位置を把握。人間とのすみ分けをするため、人里に近づいた場合にだけけん制や追い払いをしている。昨年は計265回実施した。 田中さんは北海道でクマ対策に従事した経験もある。「(軽井沢は)森の中に人が住んでいて、ゴミステーションがあり、不特定多数のクマが出ていた。(人との距離が近く)危険だった」。銃を使った威嚇も難しく、米国の機関の協力を得て2004年からベアドッグを導入した。現在では4頭が活躍している。クマに開けられないゴミ箱の開発・普及にも取り組み、人里での人身事故を防いできた。 「クマは(フンを通して)種子を分散し、森をつくっている。私たちはその中で生かされている。被害を防ぎながらうまく一緒に暮らしていける地域、社会をつくっていきたい」【渡部直樹】