58歳建設会社社長が青ざめた…「請負契約」の大工による「労災申請」の要求を無視できないワケ
建設工事やデザイン制作、ソフトウェア開発など幅広い業界で結ばれている「請負契約」。本来は雇用契約がないことが前提で、元請は下請に関して健康保険や厚生年金、雇用保険等の保険料の負担義務等がなく、労働災害が起きた場合でも、適用外ということになるのだが……。もしも請負契約を結んだ相手が元請による労災申請を求めてきたら、どう判断すべきか。社会保険労務士の上岡ひとみ氏が事例をもとに解説する。 【マンガ】38歳会社員が絶句…2500万の「軽井沢の別荘」を買ったら思わぬ出費
請負契約でも「労働者」と判断される場合
稲盛社長「請負契約なのに、元請の労災を申請したいなんて馬鹿げていますよね!」 上岡社労士事務所で応接室に通されるなり、いなもり建設の稲盛社長(58歳、仮名=以下同)は声を荒げました。駅前のマンション建設を受注し、請負契約をした大工に内装を任せることにしたのですが、その大工が工事中の怪我について元請による労災申請を求めてきたというのです。請負契約なのだから雇用関係はない、だから労災の責任が会社にあるはずがない、とご立腹です。 上岡社労士「その大工さんは、労働者を雇用せずに自分自身で事業を行う、いわゆる一人親方ですよね。一人親方が労災に加入できる特別加入の手続きを行っていなかったわけですか」 稲盛社長「そうなんです。労災の補償が受けられないから、元請の労災申請でどうにかできないかということですね。うちの現場監督の指示に従って、うちの従業員と同様の勤務をしていたのだから、実質雇用されていたようなものだと主張しています」 上岡社労士「確かに請負契約であれば雇用関係はありませんから、元請会社の労災保険を使うことはできません。ただし、実態として『労働者性』が認められるということになると話は別です」 稲盛社長「労働者性? どういうことですか?」 上岡社労士「契約上では請負ということになっていても、例えば仕事の進め方について元請から具体的な指示を受けていたり、元請から必要な資材を提供されていたり、その大工さんが他社との契約なく御社のみと契約して専属的に仕事をしていたりすると、実態を総合的に判断して労働者であると判断されることがあるんです。労働者性を争う裁判は珍しくないですね。大工さんの言い分を突っぱねる前に、本当に請負と呼べる働き方だったかどうか確認することをお勧めします」 稲盛社長「請負による契約であれば、労災保険はうちに関係ないと思っていました。すぐに実態がどうだったかを確認させないといけませんね。労働者性を判断するポイントを教えていただけますか?」 上岡社労士「承知しました。もし仮に労働者性が認められた場合の影響は、残業代請求や社会保険料・源泉所得税の追徴など、他にもあります。そちらも一緒にご説明しますね」 稲盛社長は上岡社労士に受けたアドバイスをもとに、問題の大工の実際の働き方を確認したところ、現場監督からの報告・指示によって作業を進めていたり、大工道具以外の資材は会社が調達していたり、勤務時間の指定はないものの事実上の拘束時間があり、それを超え働いた分には手当が支給されていたりと、労働者性を認めざるを得ないということがわかりました。改めて話し合いを行い、稲森建設は、大工さんの労災申請を行いました。