「日本人」、じつはインスリンの分泌量が「白人の半分から4分の1」しかなかった…!
---------- 日本人には、日本人のための病気予防法がある! 同じ人間でも外見や言語が違うように、人種によって「体質」も異なります。そして、体質が違えば、病気のなりやすさや発症のしかたも変わることがわかってきています。欧米人と同じ健康法を取り入れても意味がなく、むしろ逆効果ということさえあるのです。見落とされがちだった「体の人種差」の視点から、日本人が病気にならないための方法を徹底解説! 【写真】じつはいま「日本人」のあいだで発生率が急上昇している「がんの種類」 *本記事は『欧米人とはこんなに違った 日本人の「体質」 科学的事実が教える正しいがん・生活習慣病予防』(講談社ブルーバックス)を抜粋・再編集したものです。 ----------
日本人のインスリンが効かなくなってきた
厚生労働省が2012年に実施した調査によると、糖尿病患者とその予備軍が合わせて約2050万人にのぼり、40歳以上に限ると約10人に1人が糖尿病と推計されています。糖尿病の予備軍は、糖尿病とは診断されないものの、血糖値が正常より高く、早朝の空腹時血糖値が110~125mg/dlなどの基準にあてはまる人を言います。日本だけでなく世界中で糖尿病が増えていることから、世界保健機関(WHO)は強い危機感を示していますが、国際的な取り組みは簡単ではありません。糖尿病は人種によって発症の仕組みが大きく異なるからです。 たとえば肥満の問題があります。「糖尿病は肥満している人がなる病気」と思っている人が多いのではないでしょうか。確かに、アフリカ系の人、次いで欧米白人にはこの傾向が強く見られます。肥満の程度をあらわす国際的な尺度、体格指数(BMI)で見てみましょう。BMIは体重(kg)を身長(m)の2乗で割って算出し、25未満を普通体重と判定します。すると、米国白人の糖尿病患者はBMIが平均30以上の肥満体であるのに対し、日本人患者のBMIは、糖尿病でない人よりわずかに高いものの普通体重におさまっています。日本人は少しおなかが出る程度でも危険信号なのです。 また、欧米白人と日本人は、糖尿病の発生と大きくかかわるインスリンの分泌量も違います。これを説明する前に、糖尿病とはどんな病気なのか簡単に見ておきましょう。 糖尿病はその名のとおり、発症すると血液中のブドウ糖が増えて尿にブドウ糖が漏れ出します。古代ギリシャ人は糖尿病患者の尿をなめて、甘いことに気がつきました。糖尿病の学名“Diabetes Mellitus”は「蜜のように甘い尿が大量に流れ出る」という意味です。そのため日本でも明治時代には蜜尿病と呼ぶこともありました。 さて、食事をすると、食物に含まれる炭水化物が分解されてブドウ糖になり、腸で吸収されて血液に入ります。このブドウ糖を細胞に取り込んでエネルギーに変えるにはインスリンの作用が欠かせません。この仕組みを図3─1に示しました。 血液中のブドウ糖の濃度、すなわち血糖値が上がると、膵臓からインスリンが分泌されます。膵臓は胃の後ろに少し隠れた位置にあって、長さが15cm、幅が3cmくらい。大きさも形も、端午の節句に食べるちまきに似ています。ここから分泌されるインスリンはホルモンの一種で、全身の細胞に働きかけてブドウ糖を取り込ませるとともに、余分なブドウ糖をグリコーゲンという物質に変えて、筋肉や肝臓にたくわえます。 このようにインスリンがブドウ糖をすみやかに処理するおかげで、食後に上昇した血糖値も数時間後には食事する前の水準まで下がります。そして私たちはブドウ糖からエネルギーを作り出し、元気に活動することができるのです。 では、インスリンの分泌が不足したり、量はきちんと分泌されていても効き目が悪くなったりすると、どうなるでしょうか? ブドウ糖が血液の中にたまったまま細胞に入っていかなくなるので、まず血糖値が上がります。そしてエネルギーを作り出せないため、疲れやすくなって、食べているのに空腹を感じます。これが糖尿病の始まりです。 さらに進行すると、のどが異常にかわいたり、尿の量が増えたりすることもあります。これは水を大量に飲むことで血液を薄めて、ブドウ糖の濃度を下げようとする自然の反応です。じつは、人間にとって最も大切なエネルギー源であるブドウ糖も、高濃度になると体にとって有害なのです。体内の蛋白質を変性させ、このとき作られる物質が血管や内臓を傷つけます。 とくに、目の奥にある網膜と、腎臓を流れる細い血管が障害されると、失明や腎不全などの深刻な合併症が起こります。また、糖尿病では、予備軍の段階から、大腸がん、肝臓がん、膵臓がんなどの発症率が上がりますが、これも、高濃度のブドウ糖と、膵臓が必死で分泌を増やしたインスリンが、遺伝子変異やエピジェネティクス変化を招くからと考えられています。しかし、やがて膵臓の機能も損なわれ、インスリンをほとんど分泌できなくなってしまいます。 さて、日本人を含む東アジア人は、もともとインスリンの分泌量が欧米白人の半分から4分の1しかありません。こんなに少なくても健康でいられるのは、欧米白人とくらべてインスリンがしっかり働くからです。 インスリンの働きかたに人種差があることは以前から指摘されていました。2013年、欧米と日本の国際研究チームが、それまでに世界各地でおこなわれた180の研究結果を総合的に分析したところ、同じ量のブドウ糖を注射したときに分泌されるインスリンの量が人種によって違うこと、そして血糖値の下がりかたも異なることが明らかになりました。 日本人はインスリンの分泌が少ないのに、血糖値がきれいに下がるのです。正確に言うと、昔はそうでした。それが日本人のなかでインスリンの効き目が悪くなる人が次第に増え、それにつれて糖尿病の発症率が上がっています。 さらに連載記事<「胃がん」や「大腸がん」を追い抜き、いま「日本人」のあいだで発生率が急上昇している「がんの種類」>では、日本人とがんの関係について、詳しく解説しています。
奥田 昌子(医学博士)