受け継いだ価値を進化させ繋ぐ「アトツギ」を、憧れの存在に。【 一般社団法人ベンチャー型事業承継代表理事 山野千枝】
後継ぎを「アトツギ」とカタカナ表記するようになったのも、漢字の字面が放つ受け身のイメージを払拭したかったから。2018年には一般社団法人ベンチャー型事業承継を設立し、アトツギたちの支援に乗り出した。ベンチャー型という言葉には、先代から受け継いだ有形無形の価値をベースに、新規事業や業態転換などに挑戦して社会に価値を生み出すという意味が込められている。 これまで2500人の挑戦に携わってきた同法人が注力するのが、オンラインコミュニティ、ファーストの運営だ。会員は約300人。アトツギたちが互いの経験を共有しながら経営手法を学ぶ場となっており、好きなテーマで交流するサークル活動も活発で、「同世代の仲間と話すだけでちょっとした悩みが解決し、熱量を維持できる」という。 「アトツギはたまたまその事業を営む家庭に生まれただけなので、最初からその仕事が好きだという人はほとんどいない。でも実はそれがイノベーションの源泉になる。″たまたま"を自分らしさに寄せることで、新しい価値を生むことが可能になる」 山野が例に挙げたのが、1947年創業のアパレルメーカー双葉商事(大阪府)の4代目、深井喜翔だ。大手繊維メーカーを経て25歳の時に家業に入社。大量生産、大量廃棄を前提とした業界の構造に疑問を抱いていた深井は、社会性と事業性を両立できる事業モデルを探していた。
そんな時、繊維の勉強のために働いていた旭化成で出合った天然素材カポックを思い出す。東南アジアに育つ自生植物の実であるカポックは、吸湿発熱の性質がある。高い機能性にチャンスを見いだした深井は2019年、カポックを使ったサステイナブルブランド、カポックノットを立ち上げた。クラウドファンディングで累計6000万円を集めて話題を呼び、全国の百貨店や商業施設でポップアップを展開するなど着実に進化を続けている。
山野自身も自分のやりたいことに事業を寄せて突き進んできたように見えるが、落ち込んだこともあった。仕事で多忙を極める中、48歳で離婚を経験。50歳でがんが見つかった。管理職としてのストレスも相当あったし、無意識のうちに心も身体もダメージを受けていたのかもしれないと振り返る。治療を経て仕事に復帰したいまは、とにかく無理をしないことを意識している。 目指すのは事業拡大ではなく、アトツギをカルチャーとして定着させること。 「たとえ私の名前が残らなくても、預かった価値を次世代に残すという文化は残っていく。受け継いだ価値を次の人に渡すまで存続させるという概念は、ビジネスだけではなく、あらゆることに当てはまります。この時間もこの状態も、過去や未来から預かっているもの。それをいかに持続可能なものにしていくか。それがこれからのスタンダードになっていくのではないでしょうか」
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