【くみっきー(舟山久美子)】初表紙が3日で50万部完売!“甘ギャル時代”を振り返る
くみっきーこと、舟山久美子さんがVOCEに降臨! 雑誌『Popteen』のモデルとしてカリスマ的に人気を誇り、17号連続表紙モデルをつとめた記録はいまも破られていない。そこから一気にスターダムに上り詰め、テレビ界でも華々しく活躍した平成ギャルの“神”はどのようにして生まれたのか。そんな原点から、ギャルマインドに秘められた熱い想いまで、たっぷり語ります! 〈画像で見る〉いつまでもかわいい!くみっきー「インタビューショット」
モデルというよりは、アルバイトの延長だったギャルモデルのはじまり
──どのようにしてギャルモデルに? くみっきー 父に怒られなくなり、思い切りメイクもファッションもギャル化してから、わりとすぐに読者モデルにスカウトされました。雑誌に出始めたのは高校生になったばかりのころ。モデルというよりは、アルバイトの延長という感じでした。ちなみに時給制で1時間1000円! 当時、雑誌に出るのはお金を稼ぐためというよりは、最新のファションやメイクが見られて、お金までもらえてラッキー♪ っていう遊びに近い感覚だったかな。それでいて、お金は高校の授業料の足しになっていましたし、一石二鳥でした!
──くみっきーの名前が世に知れ渡るきっかけとなった『Popteen』のモデルはいつから? くみっきー 16歳の終わりごろに『Popteen』に出るようになりました。『Popteen』は、セルフプロデュースを求められる雑誌でしたし、どんどん新しいモデルが入ってくるので、そこに埋もれずに注目してもらうために自分の個性をめちゃくちゃ模索しました。モデルの人気ランキングがひと目でわかる企画があったので、常に新しいものを取り入れて自分を磨いていかないと生き残れないサバイブ状態! 私もファンレターなどを参考に読者の反響を探りながら、自分のやりたい方向性とミックスさせて辿り着いたのが、女の子らしさが特長の“甘ギャル”でした。それが多くの女の子に響いたようで、くみっきーという名前を知ってもらえるきっかけに! だんだんと個人でフォーカスされるようになり、「くみっき~の〇〇」という感じで名前が企画名に入るようになっていきました。