ドイツで多発する激甚水害、気候変動のコストは誰が負うべきか?
スイスの方式を推奨
GDVは、スイスの洪水保険モデルを推奨している。GDVのノルベルト・ロリンガー会長は、今年3月28日、「洪水保険の強制化と減災対策を組み合わせているスイスの制度が理想的だ」という見解を明らかにした。 ロリンガー会長は、「洪水による損害額を抑制するには、保険・減災対策・気候変動への適応の3つを組み合わせることが不可欠だ。ecを強制化するだけでは、不十分だ」と指摘した。 その上でロリンガー会長は、「強制保険と減災対策を組み合わせたスイスの制度が、理想的だ。スイスの強制保険制度には、治水対策などの専門家も加わっている。ある地域で洪水の危険が高いと判断されると、その地域の家屋の所有者は他の地域へ移ることを求められる」と指摘した。 また、フランスの洪水強制保険についてロリンガー会長は、「誰が洪水による損害について補償を受けられるかや、補償の時期などが政府によって決定されるので、市民にとっては透明性に欠ける制度だ。市民は、洪水保険についても契約としての観点から透明性を望むと思われる」と述べ、ドイツでの強制保険には適していないという見方を示した。 ロリンガー会長は、「ドイツの大半の建物は、洪水が100年~200年に一度の頻度で起きる地域にあるので、ほとんどの場合保険業界は保険カバーを提供できる。ただし洪水リスクが高い地域での建物の建設を禁止するなどの減災対策を組み合わせないと、一部の地域で保険料が高騰する可能性がある」と述べ、政府に対策を取るように求めている。ロリンガー氏は、ヴィ―スバーデンに本社を持つR+V保険の最高経営責任者(CEO)でもある。 ドイツは今年に入ってからすでに2回水害が起きており、保険業界は約2億ユーロ(340億円)の保険金を支払っていた。 同国で最大の保険損害をもたらした自然災害は、2021年7月にラインラント・プファルツ州などを襲った水害で、支払保険金額は90億ユーロ(1兆5300億円)に達した。アール川流域では、多くの建物や橋梁が土石流によって破壊され、町々がまるで戦場のように荒廃した。現場を訪れたアンゲラ・メルケル首相(当時)は、「あまりの惨状に、私は言葉もない」と語った。この水害は、ドイツ人の心に気候変動がもたらす災害の恐ろしさを刻み込んだ。 ちなみにこの地域では、ecを持っていた建物所有者の比率は、40%にすぎなかった。プログノス研究所は「道路などの公共インフラや保険がかかっていなかった家屋の被害なども含めると、アール川流域の経済損害の総額は405億ユーロ(6兆8850億円)にのぼる」と推計した。この推計が正しいとすると、保険でカバーされたのは、被害額の22%にすぎなかったことになる。 アール川流域の被災地域では、洪水で家屋が破壊された地域に再び家屋が建設されている。市民たちが、生まれ育った地域を復興させるために同じ場所に建物を再建したいと思う気持ちは理解できる。だがリスクマネジメントの観点から言うと、問題が残る。GDVは、「アール川流域のように洪水の危険が高い地域には、本来建物を建てるべきではない」と指摘している。 GDVの統計(※1)によると、1973年から1999年までの29年間に 、支払保険金額が50億ユーロ(8500億円)を超えた自然災害は3回発生した。 しかし2000年から2022年までの22年間に支払保険金額が50億ユーロを超えた自然災害は5回起きている。 保険会社に再保険カバーを販売する再保険会社の大手、スイス・リー(本社・チューリヒ)が今年3月26日に行った発表によると、2023年に全世界で発生した自然災害による経済損害額は2800億ドル(42兆円・1ドル=150円換算)で、その内38.6%が保険業界によって支払われた。残りの61.4%には保険がかけられていなかった。スイス・リーは、「今後は地球温暖化によって極端な気象災害の頻度が増える。このため、自然災害による経済損害額が、10年後に現在の2倍に増える可能性がある」と警告している。 日本経済新聞は6月9日付の紙面で「日本では、水害による面積当たりの資産への損害額が過去30年間で3.5倍に増えた」と報じ、激甚水害の危険性について警鐘を鳴らした。今後は日本でも、激甚水害のコストを国や地方自治体が負担するのか、それとも保険業界が負担するのか、負担をどのように配分するのかという議論が行われるだろう。我々日本人にとっても、ドイツで行われている水害コストの負担をめぐる議論は決して対岸の火事ではない。 ドイツ国民の過半数が脱原子力に反対する2つの理由ドイツ西部モンスター水害で「気候変動」めぐる世論に変化、9月連邦議会選への影響は ※1 https://www.gdv.de/resource/blob/154862/62e2241570d48cab361eaafc7379f62f/naturgefahrenreport-datenservice-2023-download-data.pdf
ジャーナリスト 熊谷徹