鈴木保奈美「舞台に立つ人間としても、学びと共感がある」 「自分と向き合う」5冊
暑かった夏が過ぎ、ようやく涼しくなってきた。木々が色づき、深まる秋。そんな時こそ、手に取りたい本がある。人生を支える言葉に出合い、新しい発見と気づきによって広がる世界を堪能したい。俳優の鈴木保奈美さんが、おすすめの本を語ってくれた。AERA 2024年11月11日号より。 【写真】鈴木保奈美さんが大切にしている本はこちら ■よりよく生きるヒントを発見 原田マハさんの印象派の画家をテーマにした小説が好きで、舞台もヨーロッパやアメリカのイメージが強かったのですが、『板上に咲く』は日本の、それも東北から始まる、板画家・棟方志功さんのお話です。棟方さんというと、子どもの頃、実家のカレンダーで見たな、という程度の知識しかありませんでした。この小説では、菩薩を題材に連作に取り組む芸術家の、不器用で骨太な生き方、精神論に触れることができます。ゴツゴツとして見える作品の線は作家の骨や筋肉が投影されているように感じられ、大地を踏みしめて生きていた人間像が浮かんできます。読み終えた時には、ぼんやりとしか知らなかった棟方志功が一人の芸術家として、まさに作品と同じように、くっきりした輪郭でドンと見えてきました。 加藤シゲアキさんの『なれのはて』は、テレビ局員の男性が主人公で、メディアで働く人の葛藤や、組織で働くとはどういうことか考えさせられます。私もテレビ局は身近なので面白く読み始めたのですが、実はそこだけに留まらず、全く違う世界にひょいと連れていってくれる。太平洋戦争時の東北への空襲の話、古い名家の因習にまつわるミステリーや家族間の葛藤など、たくさんの要素が詰め込まれていますが、見事に流れるようにストーリーが構成されていて、「この先、どうなるの?」と気になってノンストップで一気に読んでしまいました。気づいたら午前4時になっていました。
■恩田陸「spring」は子育て論としても読める 恩田陸さんの小説はもともと好きで、ピアノの世界を描いた『蜜蜂と遠雷』も面白かった。そして新作『spring』はバレエダンサーの物語です。私はバレエを観るのが好きですし、表現する、舞台に立つ人間としても、学びと共感がある一冊でした。 ただ、読み進めるうちに、子育て論としても読めるな、と。主人公は幼い頃、学校に馴染めませんでした。世界の見え方が、どうやら他の子どもたちと違っていたから。偶然バレエに出合って、彼の才能に気づいてくれる大人がいたことで、天才ダンサーとして成長していくのですが、彼のように才能があるのに発見されずに生きづらさを抱える子はたくさんいるのではないか、そこを掬い上げていくのが大人の責任ではないか、と読みながら考えました。 『パン屋の手紙』と『主夫と生活』は旅先の小さな雑貨店で見つけました。『パン屋の手紙』は北海道に実際にあるパン屋さんが、尊敬する建築家に店の建て替えの依頼をするために出した手紙から始まる往復書簡です。店主と建築家のやり取りは、まじめで丁寧で時に哲学的です。パンを作るとはどういうことか、お客さんに食べてもらうとはどういうことか、素材との向き合い方、美しいとは何かまで、深い話をしています。知的な往復書簡に憧れました。実は私はこちらのパン屋さんに行ったことがあります。くるみパンは日本一美味しいと思っています。 伊丹十三さんの訳が軽妙な『主夫と生活』は、ニューヨークの有名なコラムニストが仕事を辞めて妻と役割を交換し、主夫になってからの1年間を綴ったエッセイです。簡単だと思っていた家事の複雑さに打ちのめされたり、サボったり、でもだんだんと楽しみ方をみつけて上手くなっていったり。 これは1970年代の話なのですが、現代の我々のジェンダー感覚が50年前と変わっていないことに衝撃を受けました。ただこのご夫婦、お互いにバンバン文句を言い合っていて、面白いんです。よりよく生きるヒントはそこに隠されている気がします。 (構成/編集部・井上有紀子)
井上有紀子