「シーサイド」再開ならず 珠洲・飯田、津波被害の商業施設 協組が自己破産へ
能登半島地震で津波被害を受けた珠洲市内唯一のショッピングセンター「ショッピングプラザ・シーサイド」を管理運営する飯田港共同店舗事業協同組合(飯田町、多間利一代表理事)が破産手続き申請の準備に入ったことが12日、分かった。帝国データバンク金沢支店によると、元日から営業停止の状態が続いており、公費解体のめどが立ったことを機に事業停止を決めた。負債額は調査中で3億6千万円に上るとみられる。 ●負債3億6000万円 公費解体に 同支店によると、組合は1978(昭和53)年に各テナントが出資して設立。97年2月期の収入は1億5千万円だったが、近年は他店との競合やテナントの脱会により、2022年2月期には5600万円まで減少していた。 津波で店舗の1階部分が壊滅状態になり、再開の見通しが立たず、5月には施設の一部店舗を運営していた「ドリーム」が自己破産申請の準備に入った。 事後処理を一任された口村直輝弁護士は「建物の危険性が高く、更地にすることを優先したと聞いている」と話し、跡地の利用については未定とした。 ●住民「再建無理か」「不便になった」 跡地活用探る動きも 珠洲市中心部の飯田町で、文字通り海の隣に立つシーサイド。飯田町の事業者が中心となって設立され、大型駐車場を備えた複合施設として、かつては買い物客や飲食客らでにぎわった。だが今は、津波で壊れた建物が残るのみ。住民からは「再建は無理か」「不便になった」との声の一方で、跡地活用の青写真を描く動きもある。 郊外の商業施設の増加やキーテナントの撤退、組合員数減少などに直面しながらも、シーサイドは地元事業者で営業を継続してきた。多間利一代表理事は「地震の前まで、少ないながらも黒字化できる計画だった」と悔しさをにじませる。 シーサイドが開業した頃は、商店街と施設の双方に店を出す人も複数おり、飯田町商店街協同組合の山口外美子理事長は「共存共栄で頑張ってきていたのに残念でしかない」と語る。また、住民としても「郊外に出るのは不便、と言う人もいる」と嘆いた。 住民の関心は跡地利用に移っている。飯田町ではまちづくり計画策定の協議が始まり、その中で、にぎわい再生策として、祭り会館やグラウンドゴルフ用の芝生整備など「若者から高齢者までが集う場にする」との意見が出ている。