「ファッションは現実のもの」──サバト・デ・サルノがグッチのメンズコレクションに込めた信念【2024年秋冬コレクション】
肌寒い1月のある日、ミラノの街外れにあるグッチの広大なキャンパスは静寂に包まれていた。私がそこに着いたとき、ちょうど昼休みの最中だったのだ。従業員は皆カフェテリアに集っていたが、それでもそこには相応の緊張がみなぎっているのがわかった。2日後、ブランドの新クリエイティブ・ディレクターであるサバト・デ・サルノ初のメンズショーが、ミラノ・ファッションウィークの初日を飾るのだ。ブランドのシグネチャーである血のような赤が光沢を放つ廊下を抜け、私は新しくこぎれいなオフィスにいるデ・サルノと面会した。 【写真つきの記事を読む】サバト・デ・サルノ率いるグッチの舞台裏風景を見る 私たちが大きな白いソファに腰掛けるやいなや、彼は自身の英語の拙さを事前に詫びた。ナポリ生まれのデ・サルノは冬休みを家族だけで過ごし、英語を話すのは今年に入ってからこれが初めてだったのだ。このようなインタビューのために、もっと語学を磨かなければならないと彼は言った。それは、100億ドル規模のブランドを率いるクリエイティブ・ディレクターとして、彼が今後慣れていかなければならないことの一つでしかない。 ■「手を動かしたい」人物 現在40歳のデ・サルノがグッチのクリエイティブ・ディレクターに任命されたのは、昨年初めのことだった。それまでプラダやヴァレンティノなどのスタジオで経験を積んできた彼は、キャリアの大半を比較的無名なデザイナーとして歩んできた。そんな彼も、グッチにおいては200名以上からなるデザインチームを統括する立場にある。短く刈り込んだ髪と同じくらいシンプルな、黒のTシャツとリーバイスのブラックジーンズを毎日のユニフォームとするデ・サルノは、新しい役職に就いても自身は変わっていないと話す。「王様のようにはなりたくありません。ただそこに座って、イエスやノーを言うだけにはなりたくないのです。そんなのは3秒で退屈してしまうでしょうね。私は人と一緒に何かを作りたい、手を動かしたいんです」。きれいなままの彼のデスクを見て、彼がここに座って仕事をすることはほとんどないのだろうということがわかった。 もう一つ、彼が慣れなくてはならないのがファッション批評家との関係だ。ヴァレンティノのレディ・トゥ・ウェアを統括するファッション・ディレクターに就任したときも、彼は目立つことなく振る舞うことができた。しかし今、彼にかかる期待と注目度の高さは明白だ。2023年9月に行われたデ・サルノのデビューショーで、グッチは前任者アレッサンドロ・ミケーレの方向性から大きく舵を切った。8年の在職期間にファンキーかつマキシマリストな独自のスタイルとセンスで、映画のように完璧なファンタジー世界を構築したミケーレと違い、デ・サルノは自身をストーリーテラーとは見なしていない。「私の作風はコンセプチュアルとは正反対にあります」と、彼は話した。 ■辛口かつ率直な物言い デ・サルノのデビューを飾ったウィメンズコレクションは事実、モダンなデイウェアからなる粋なシティガールのワードローブといった趣だった。シンプルなテーラードジャケット、Aラインのレザースカート、さらにはフーディまでが登場した。デ・サルノはグッチのデザイン美学に大きな方向転換をもたらしただけでなく、それまでとは根本的に異なるファッション観をブランドに持ち込んだ。それは、グッチはコスチュームよりも服を作るべきであるという考えだった。「私は、その服を着ているのがどういう人かに関心があります。その人がどういう服を着ているかではありません」と、彼は言う。「誰かがブランドとしてのグッチを着ているところは見たくありません。その人の人間味や個性などは覆い隠されてしまいますから。舞台の上ならそれでいいでしょうが、ファッションは現実のものです。実際の生活で日々着る、日常の装いなのです」 ミケーレからデ・サルノへの交代は、あくまでも営利目的のリセットに過ぎないのだろうか(グッチの親会社ケリングは現在、売上高150億ドルへの成長を視野に入れている)。評論家からは、デ・サルノのデビューコレクションは生煮えであるとか、地味すぎると指摘する声も聞かれた。しかし大半の意見は、ほかのあらゆる新人クリエイティブ・ディレクターと同じように、彼が本格的にペースを掴むまで見守るべきだというものだった。 デビューコレクションにはトム・フォード時代のグッチからの引用がいくつか見受けられたが、デ・サルノとフォードを繋ぐ共通項はもう一つある。それは、昨今の大物デザイナーたちからはあまり感じられなくなった、辛口かつ率直な物言いである。自身にとってファッションとは欲を刺激するものだと彼が話したとき、私は彼のコレクションからはまさにそれが欠けているという声があることを指摘した。彼の答えは、自身が気にしているのは母親と夫の意見だけだというものだった。 柔らかなソファの上で身体を横に曲げながら、彼は感情を吐き出すように言った。「ああいった人々を見ていると、彼らに何がしてやれるのかと思います。何もできないでしょう」。評論家のことを言っているのだろうか? 「評論家のことは好きですよ」と返しながらも、彼は自身のコレクションについて庇う姿勢を崩さなかった。「私のショーは『ワオ!』と言えるものだったと思います。いや、それ以上かな」。彼はまた、評価が賛否両論に分かれたのは、多くの人々がデザインの機微よりもインスタ映えするスペクタクルに慣らされているからかもしれないとも語った。そして、それは彼のスタイルではないのだとも。「ビッグなドレスや派手な演出、スーパーモデルの起用だって『ワオ!』でしょうが、それはサバト流ではありません」 若い助手をときどき通訳に入れながら、デ・サルノの言葉はヒートアップしていった。批評は歓迎だと彼は言うが、忘れてはいけないのは、彼は“手を動かす”タイプの人間だということだ。ただ何かを言うだけの人々に対して彼は冷たい。「変化がほしいと言う人だって、実は変化など求めていません。自分が変わるのを嫌いますからね。この世界が抱えている大きな問題だと思います。『変化がほしい』なんて言葉は本心ではありません。グッチのために何ができるか、私よりもいいアイデアがあるなどという人がいれば、ぜひ私のところに来てほしい! そうすれば一緒に仕事ができますから」 私から見ると、彼は批判に対する耐性が低いとか、注目を浴びることにまだ慣れていないという話ではないように思える。デ・サルノは、自身が大いに誇りを持っているファッションデザインという仕事が、何らかのパフォーマンスへとねじ曲げられてしまっていることに我慢がならないのだ。彼は自身の職務にどこまでも実直に取り組み、失礼な態度で接されることを許さない。「私のショーに出席してランウェイをiPhone越しに見るくらいなら、家にいながらiPadで見てください。iPhoneより画面が大きいから、その方がよく見えるはずですよ」と冗談めかす彼だが、半分は本気なのだ。「ファッションは真剣な仕事です。一つの職業であり、莫大なお金が動き、大勢の人々の雇用先にもなっているのです」 デ・サルノのオフィスで、私は彼がどうして王様にはなりたくないのかを理解し始めていた。もちろん、重責が伴うことに違いはないが、彼にとってクリエイティブ・ディレクターという役職は世間が想像するほど抽象的な存在ではないのだ(彼の前任者ミケーレが、実在の人物というよりも観念的な象徴として見なされていたのとは対照的だ)。仕事の中心となるのは、毎日スタジオに通い、服を作ることである。現実に存在する人々が着る、現実の服だ。「私はファッションを愛していますが、多くの人が好きなのはファッションの概念です」と、彼は言う。「私はファッションの概念ばかりが好きなのではありません」 ■男女鏡映しのコレクション 自分が大手ラグジュアリーブランドのクリエイティブ・ディレクターで、デビューコレクションを大いに誇らしく思っていたとして、しかしそれをオーディエンスが十分に理解してくれなかったとしたら、いったいどうすればいいだろう? 彼らを喜ばせるために考えを改めるか、自身の方向性をさらに突き詰めるか──。 メンズコレクションの発表に際し、デ・サルノは大胆かつ意外な方法でそれまでの方向性を突き詰めた。「コンセプトは、(昨年)9月の(ウィメンズ)ショーをそのまま踏襲することです」と、彼は話した。ちょうど私たちは格納庫のように巨大なスタジオに到着したところで、ランウェイチームが最終ルックを作り上げている最中だった。メンズとウィメンズでテーマを共通させることは多くのデザイナーが実践してきたことだが、デ・サルノのアプローチは徹底していた。メンズコレクションのルックには一つ一つ、どれもウィメンズショーで披露されたアイテムに呼応するデザインが施されたのだ。これはデ・サルノが掲げたブランド刷新のテーマ、“グッチ・アンコーラ”の字義通りの解釈とも言える(“アンコーラ”はイタリア語で“再び”という意味)。 いくつかのアウトフィットはメンズウェア用に仕立て直した以外はそっくりであり、そうでなくとも軽くアレンジを施したものや、カラーや素材を共通させたものが登場した。ウィメンズショーの踏襲は暗闇に浮かび上がるランウェイなど会場の演出にまで及び、マーク・ロンソンによるサウンドトラックも9月と同じ楽曲が使用された。リスクの伴う決断である。ただでさえ意見を二分したコレクションを、いちかばちかの重大局面で繰り返そうというのだから。 それは批評家たちへの反撃でもあった。デ・サルノは次のように言う。「(ウィメンズコレクションで)自分がやったことをとても気に入っていましたから。グッチでの最初のショーで自分がやったことに、私は大きな自信があります。(今回のショーは)今もその信念が揺らいでいないということを示すものなのです」。彼の前にあるムードボードには、グッチのホーボーバッグを肩にかけた劇作家サミュエル・ベケットを撮した写真が貼られていた。1971年に撮られたその有名な写真をグッチ上層部との就職面接に携えていった彼は、自身の描くグッチ像を今度は世界に向けて明らかにしなければならない。「人々に私のビジョンを理解してもらいたい」と、彼は話した。 ■自分が自分であるために ナポリの市街に程近いチッチャーノというコムーネ(基礎自治体)で生まれたデ・サルノのビジョンは、幼い頃にすでに形になり始めていた。「人が自分の個性に合わせて服を選ぶさまに夢中になりました」と、彼は自身の子ども時代を振り返る。「服はその人がなりたい自分になるのを後押ししてくれます」。ゲイのティーンエイジャーとして小さな町に住んでいた彼にとって、それは極めてパーソナルな関心事だった。「デザイナーになるということが自己表現の手段でした。自分が“サバト”であるためのね。私が私であることができたのはファッションのおかげなのです」 若きデ・サルノが憧れたのがジャンニ・ヴェルサーチェだった。「ある意味で、私たちの人生は似通っています」と、彼は言う。「彼も南イタリアの出身でゲイでした。家族との関係も良好で、彼らが生活の中心となっていました。12,13歳の頃、将来ジャンニ・ヴェルサーチェのようなデザイナーになりたいと夢見ていたことを憶えています」 クラブ通いや音楽、アートなどへの情熱を除けば、ブリュッセルに住む弁護士の夫と2匹のダックスフントを家族に持つデ・サルノの人生は、ヴェルサーチェのそれと比べて派手と言えるものではない。それでも、ヴェルサーチェのスーツはデ・サルノに多大なる影響を与え、それが彼の特徴であるコートへのこだわりへと発展していった。ミラノのファッション学校を卒業してすぐ(「学校では首席でした」)、デ・サルノはアシスタント・パタンナーとしてプラダに就職した。その後、彼はドルチェ&ガッバーナを経てヴァレンティノに移り、そこで初めてメンズウェアをデザインすることになる。 初めて手がけたメンズアイテムは何だったか私が尋ねると、彼は「コートが最初でした」と夢見心地な表情で答えた。「私の情熱はコートにあります。とにかくコートに執着していて、収集もしているんです」。現時点で200着以上を持つ彼は、昨年9月以来グッチだけでも15着を新たに追加している。自身のユニフォームに則り主に黒のコートを着る彼だが、ほかの色を買うこともある。純粋にそのアイテムを持っていたいからだ。あるいは、素材や形に心惹かれて購入することもある。彼の実用重視のデザインアプローチが無感情なものであるという印象があるとすれば、それは誤解なのだ。「コートを着ると落ち着くんです」と、彼は言う。「長めのコート、特にダブルブレストのものが好きです。ハグされているように感じられますからね。コートには親密さがあるのだと思います。優しく包まれるような気持ちになるコートには、ほかのどんな服よりも親しみを感じるのです」 ショールームのラックに掛けられたアイテムのなかでも、その丈の長さからコートが一段と目立っていた。胴回りは真っ直ぐスリムにカットされ、いちばん背の高いモデルが着たときでもくるぶしをかするほど長く仕立てられていた。デ・サルノはそのなかから、オープニングルックを飾ることになる一着を引っ張り出した。9月のウィメンズショーで最初に登場したのと同じ、美しいグレーのトップコートだ。彼はそれを手に取り、ランウェイの席からは見えないであろうディテールを指した。極めて目の細かい特注のウール生地、ややオーバーサイズだが抑制的なシェイプ、裏地に刺繍された“Ancora”の文字──。「写真を見てもわからないものですが、購入して着たときに実感できるディテールです」と、彼は言う。「見せびらかしばかりには興味がありません。私がやりたいのは念入りにアイテムを磨き上げること。このコートはその一例です」 ■「自分がいいと思うものを発表する」 引き続きラックを掘り進んでいったデ・サルノは、ウィメンズウェアの側からレザーのジップジャケットや厚手のウールコート、ラインストーンが煌めくセーラーカラーのニットなどを手に取った(デ・サルノはコート以外にも、レザーやちょっとした装飾だって好むのだ)。羽目を外したかのようなワイルドなデザインはアウターウェアにも見られた。パイソンスキンが用いられたフロアレングスのコートや、オートクチュールを思わせる刺繍を施したカーコートなどがそうだ。 男女鏡映しのコレクション制作にあたっては、ドレスがスーツに置き換えられた一方、クリスタルがちりばめられたタンクトップはそのままメンズサイズで受け継がれた。その理由について、デ・サルノは「ダメな理由はないでしょう?」とだけ言った。テーラーリングは2種類の仕立てが用意された。一つは「とても英国風」だと彼が言う、タイトでかっちりとしたフィット。もう一つは「少し90年代ぽい」という、ライアン・ゴズリングがタキシードとして着たら似合いそうな、エレガントでよりリラックス感のあるフィットだ。サミュエル・ベケットのバッグも、シグネチャーカラー“アンコーラ・ロッソ”の色味でカムバックを果たした。また、ブランドの定番であるホースビット・ローファーも、厚みのあるクリーパーソールを備え新たなバージョンとして登場した。 何人かのモデルがルックを試着している様子を見て、私はこのコレクションは売れると直感した。明快なスタイルを愛好する男性は多いし、彼らはコートを好む傾向にもある。それに、ベケットのスタイルを見たら真似せずにはいられないはずだ。デ・サルノに否定的だった評論家だって、今に態度を軟化させるだろう。新作はデビューコレクションよりも狙いが明確で、贅沢かつ触感豊かに円熟味を増している。デ・サルノの実直なアプローチが功を奏したのだ。ウィメンズからメンズへと翻案された際に、何かが抜け落ちてしまったなどということは決してなかった。 帰途に就く前、私はデ・サルノに心境を尋ねた。数日後、彼はフロントロウに座った評論家を再び相手にしなければならないのだ。「正直、プレッシャーは感じません」と、彼は答えた。「自分が最高のデザイナーだからではありません。そうだと思ってもいないですし。自分がいいと思うものを発表するつもりだからです。そこに意識を向けるのが、この仕事をうまくこなす方法だと思っています。批評やコメントなんかに気をとられてしまうと、ほかの誰もが皆、答えや提案を口出ししたがるようになります」 意外なことではないが、デ・サルノの口ぶりは“手を動かす”人間のそれだった。「“自信”という言葉で表すのがいいかもしれません」と、彼は言う。「私は自分のコレクションを大いに気に入っています。最初のルックから最後のルックまで、私は大きな自信を持っています」 From GQ.COM By Samuel Hine Translated and Adapted by Yuzuru Todayama