『光る君へ』柄本佑の繊細な感情表現に唸る これまでとまったく異なる「望月の歌」の解釈
『光る君へ』(NHK総合)第44回「望月の夜」。道長(柄本佑)は公卿らにも働きかけ、三条天皇(木村達成)に譲位を迫り続けていた。一方、三条天皇は次なる対抗策として、娘を道長の息子・頼通(渡邊圭祐)の妻にするよう提案する。帝の望みとあって道長は断ることができない。しかし頼通はかたくなに拒絶した。頼通の言葉に、在りし日の道長とまひろ(吉高由里子)の姿が思い浮かぶ。 【写真】来週予告で久々登場の周明(松下洸平) 「父上と母上が私にお命じになるなら、私は隆姫を連れて都を出ます。藤原も、左大臣の嫡男であることも捨て、二人きりで生きてまいります」 道長もかつて、藤原の家を捨て遠くの国で生きようとまひろに告げたことがあった。道長は身分も家族も捨ててまひろと生きていくことを望んでいた。まひろもまた、道長の言葉に幸せを感じていたが、道長の使命は別のところにある、よき政をすることこそが道長の使命であると伝える。あの日、お互いの想いが溢れだした2人は肌を重ねたが、2人きりで生きていく道へは進まなかった。 官能的でありながらも「幸せで悲しい」あの日の夜から時が経った第44回。道長が政によってこの国を変えていく様を見つめ続けてきたまひろの視線から、己の使命を果たした道長の姿が映し出される。 かの有名な〈この世をば〉から始まる「望月の歌」を詠む場面が登場する物語後半までは、道長にとってやや苦い思いが続く。まず印象的なのは、頼通の拒絶や彰子(見上愛)の苦言、妍子(倉沢杏菜)の言葉を受けて、気まずそうな表情を浮かべる道長の姿だ。特に、彰子から「帝も父上も、女子を道具のようにやったり取ったりされるが……。女子の心をお考えになったことはあるのか?」と問われた時の、ぐうの音も出ない様子が心に残る。妍子から「父上の道具として年の離れた帝に入内し、皇子も産めなかった私の唯一の慰めはぜいたくと酒なのでございます」と本心を明かされた時も、道長は茫然とするばかりで何も言葉を返せなかった。 道長を演じている柄本は、心の内をわかりやすく表に出すような表情は見せない。だが、ふとした時の目線の外し方や絶妙な口元の表情で、気まずさや虚しさ、励まされる様子や深く感じ入る様を見せてくれる。政を行う立場にいるからこそ、彼が発する言葉は冷静さを保っているが、自分の子どもである頼通や彰子、妍子が見せた否定的な反応に動揺していることは目元の動きや顔つきから伝わってくる。 道長にとっては、娘たちの入内も頼通と三条天皇の姫皇子との婚姻も、公卿の人事や摂政と左大臣の兼任も、すべて民のための政を目指してのこと。だが、当人たちの気持ちを置いてけぼりにしていること、言葉が足りないことで周囲に誤解されていることに、道長は気づいていなかったようだ。道長は公任(町田啓太)から「内裏の平安を思うなら、左大臣をやめろ」と言われ、自分が職を去ることを望まれる立場になったことを知る。映し出される真面目な顔つきとは裏腹な台詞の言い回しはなんとも切なかった。 そんな道長だが、まひろといる時だけは本音を明かせる。そして、ふいに思いが滲み出てしまうことで、まひろの前でしか見せない顔がある。摂政と左大臣を辞すという決意を固めた道長は、自分が摂政に上っても世の中は変わらなかったと打ち明けた。そんな道長にまひろは、道長の「民を思いやる心」が頼通に伝わり、次の代、その次の代へと引き継がれることを願っていると口にする。まひろの心強い言葉に励まされ、佇まいがふと安堵したように変化するのが印象的だった。 柄本が見せる道長の感情の出し入れは見事だ。「ならば、お前だけは念じていてくれ」と伝える場面でのまっすぐ向けられたまなざしと声色には、まひろを真に想い続けてきた説得力がある。道長は決して倫子(黒木華)や明子(瀧内公美)をないがしろにしてきたわけではないが、その後まひろの局にやってきた倫子とのやりとりは、どこかビジネスライクだ。視聴者としては道長の態度の差にハラハラさせられることもあるが、まひろと道長の関係を深く落とし込んだ柄本が見せる演技だからこそ、まひろの前でだけ道長の感情が思いがけずあらわになる様にグッと心が掴まれるといえよう。 物語の終わりに描かれた「望月の歌」にはさまざまな解釈がなされてきた。おごりの象徴という解釈もあるが、本作においては、我欲のない道長らしい印象を受けた。もちろん、政の道具のように入内させられたと感じる妍子や威子(佐月絵美)はこの歌を悪く捉えたかもしれない。だが、まひろだけには道長の謙虚さが伝わったのではないか。まひろと道長が静かに視線を交わす姿は美しく思えた。
片山香帆