マジトラのゆくえ【キリスト教で読み解く次期トランプ政権】後編
ギャングやマフィアも包摂する神の国
今回の大統領選挙について、カトリック教会の頂点にいるフランシスコ教皇がアメリカのカトリック教徒に対して「(ハリスもトランプも)どちらも悪だから、よりましな悪を選択するように」と述べたこともまた、同様の意味だ。 ヴァンスが敬愛するアウグスティヌスは著書『神の国』の中で、こうした現実世界についての認識を「神の国」と「地の国」という概念によって論じている。「神の国」とは文字通り「神に従う愛の共同体」である。対する「地の国」は世俗の世界のことだが、「地の国」の敷く秩序はどこまでいっても支配したい者の支配欲に基づくため、真の秩序は実現されないとアウグスティヌスは記している。 本書の最も重要なポイントの一つは、単に世俗社会が「地の国」で、キリスト教会が「神の国」という仕方で空間的に分かれているのではなく、この世界ではあらゆる場所で「神の国」と「地の国」という二つの原理が重なり合っているという点にある。つまりこの世では完全な正義や善の実現は不可能であり、だからこそ、社会の構成員である個々人は「自分の支配欲」という「地の国」の原理にできるだけ支配されないために、あらゆる場面で謙虚であることが求められるのだ。 こうしたある種のペシミズムに基づく現実主義は、時として、手段としての嘘やデマゴーグを許容するだろう。ヴァンスも、アメリカの惨状に衆目を集めるという目的のために、メディアが飛びつくとわかっていて「不法移民が犬を食べている」と語ったのだ。大衆のレベルに合わせた「謙虚さ」がそうさせたと彼は考えているかもしれない。 こうした現実主義は、カトリックが歴史上マフィアやギャングなど様々な暴力を包摂してきた所以でもあるが、そう考えると、いかにも様々な罪状で起訴されているトランプと相性が良さそうにも見える。 今回の選挙は、トランプの独裁というよりも、むしろ様々な思惑を持った共和党員がトランプをかつぎ、利用しているという見方もあるが、ヴァンスもそのような共和党員の一人である可能性が高い。 興味深いのは、左派のほうが自らを完全な正義とみなし、他者にも言行一致を厳しく求めるWokeism(ウォーキズム)※に傾斜する中で、右派では、Woke(ウォーク)※と同じく言行一致を厳しく求める福音派の勢いが緩まり、現実主義的なカトリックが勢力を増しているということだ。 ヴァンス筆頭に、カトリックの政治家たちが、「神に従う愛の共同体=神の国」という自らの目的を見失わないことを願うばかりだが、同時に、共和党のこの第三勢力の動きが、現在の左右の両極化を緩和することを期待したい。 ※Woke ウォーク/Wokeism ウォーキズム:「目覚めている」を意味するスラング。差別や社会的不平等に対する気づき・目覚めを表す。いわゆる「ポリコレ」や「意識高い系」とも重複するが、よりポジティブな意味で使われることが多い。
柳澤 田実(関西学院大学神学部准教授)