欧州遠征1分け1敗のハリルJは長友の主張する8年前の逆襲再現が可能なのか
岡田ジャパンの不振は、大黒柱だった司令塔・中村俊輔のコンディション不良に負う部分が大きかった。ラ・リーガ1部のエスパニョールで出場機会を失っていた中村は、ワールドカップイヤーを迎えて古巣の横浜F・マリノスに復帰したが、それでも精彩を欠き続けた。 韓国代表を埼玉スタジアムに迎えた、5月24日の壮行試合で0‐2の完敗を喫した岡田監督は、試合後に日本サッカー協会の犬飼基昭会長に進退伺を提出。慰留されると、本大会へ向けてチームを根本から変える荒療治に打って出る。 まずはスイスでの直前合宿中に組んだ、イングランド代表との国際親善試合で中村を先発メンバーから外し、ゲームキャプテンもDF中澤佑二からMF長谷部誠に変更。フォーメーションもボールポゼッション重視の 「4‐2‐3‐1」から、阿部勇樹をアンカーにすえる「4‐1‐4‐1」に変えた。 さらにイングランド、コートジボワール代表との国際親善試合で連敗を喫すると、1トップを岡崎慎司から、FWが本職ではない本田圭佑に変更。南アフリカ入り後に急きょ組んだジンバブエ代表との練習試合で、新布陣を30分間だけ試した。 ボールキープに長けた本田を最前線にすえ、その背後を左の大久保嘉人、右の松井大輔が抜け出す堅守速攻スタイルは見事に奏功。本田もカメルーン代表とのグループリーグ初戦、デンマーク代表との同最終戦でゴールを決める活躍で抜擢に応えた。 腹をくくった感のある岡田監督の、大博打にも映る決断と同時に、開幕直前に選手たちだけで開催したミーティングもチーム内に大きな変化をもたらしている。話し合いの内幕を、大久保がこう説明してくれたことがある。 「本番直前にみんなが開き直ったことも大きかった。オレたちは弱いんだ、と。それがあったから、泥臭さといったものが出てきたんだと思う」
翻ってハリルジャパンはどうか。ロシア大会出場を決めてから続く低空飛行は、決して特定の選手の不振が原因ではない。選手をある程度固定していた8年前と異なり、ヴァイッド・ハリルホジッチ監督は選手起用を含めて、毎試合のようにテスト色の強い采配をふるっている。 何よりもフランス語で決闘を意味する「デュエル」をベースに、ボールを奪ってから素早く敵陣に攻めるスタイルをとことん貫こうとしている。スタンドがガラガラだったマリ戦では、指揮官の「縦へ、縦へ」という声が何度も響いたことが話題になっている。 現状では指揮官の要求に応えようとする気持ちが強いばかりに、慌てて繰り出される縦パスが正確性を欠き、すぐに相手ボールになってカウンターを受ける悪循環が続いている。それでも、長友が呟いた「一歩踏み出す勇気」を、チーム内で共有する作業も容易ではないはずだ。 長友の言う勇気とは、要は状況や試合展開によっては、ハリルホジッチ監督が強くこだわる「縦へ」の呪縛から解き放たれることを意味する。頑固にして自らの考え方に絶対の自信をもち、エキセントリックな性格の持ち主でもある指揮官が、果たしてそれを受け入れるかどうか。 前回大会までは5月中旬に発表されてきた本大会に臨む代表メンバー23人を、ハリルホジッチ監督はガーナ代表を日産スタジアムに迎える壮行試合翌日の5月31日に決める意向を示している。5大会ぶりとなる二段階選考は、選手たちの心理にも微妙な影響をもたらすだろう。 代表入りが当確とされる選手たちはともかく、当落線上にいる選手たちはどうしても指揮官の視線が気になる。つまり、次に集まる5月下旬から関東近郊で行われる代表候補合宿や、最終選考の舞台となるガーナ戦は、いままでとは異なる雰囲気がどうしてもチーム内に漂う恐れがある。 勝負師としての一面をのぞかせた岡田監督の采配と、己を理解し、現実的な戦いに徹しようと誓い合った選手たちの団結心がピンチをチャンスに変えてから8年。ロシアの地で歴史が繰り返されそうな流れは、ベルギー遠征を終えた現時点では残念ながら見つけることが難しい。 (文責・藤江直人/スポーツライター)