バイデンとトランプが宣誓に使った聖書は「別物」だった…アメリカ社会「分断」の根底にある“ふたつの聖書”
彼の先祖は1845年頃にアイルランドで大飢饉が起き、命からがらアメリカにわたってきました。そのような極貧な状況から這い上がったアイルランド系アメリカ人のアイディンティティはすごく強いのです。 バイデンさん自身はそれほど貧乏ではありません。彼の父親が蓄財に成功し、社会的にステータスを確立しました。 そのようなアイルランド系アメリカ人であることを、バイデンさんは労働者階級を取り込むためもあって聖書を使いながら演説します。
アメリカにおいてカトリックは少数派です。カトリックであるアイルランド人が、飢饉でアメリカに来た頃は、ひどい差別を受けて虐殺もありました。白人のプロテスタント、いわゆるWASP(White Anglo-Saxon Protestant、ホワイト・アングロサクソン・プロテスタント)から、カトリックは汚い奴で識字率も低いし、肉体労働しかしない奴らだと、差別を受けてきた歴史があります。 そこから、バイデンさんの先祖が頑張って這い上がるのですが、そのときの精神的支えが聖書でした。
■どちらの聖書にも「中絶はだめ」とは書いていない カトリックである彼らの聖書は旧約聖書と新約聖書があるので分厚い。バイデンさんの聖書は100年以上の歴史がありますから、分厚くてボロボロですが、重厚感があります。 一方、トランプさんの聖書はプロテスタントなので新約聖書のみです。プロテスタントも旧約聖書を読まないわけではありませんが、持ち歩くのは新約聖書のみです。だから、当然薄いです。薄いためもありますが、バイデンさんの聖書に比べて重厚さにかけます。見た目で負けている感じがします。
しかし、トランプさんの聖書は薄いですが、彼の支持者はプロテスタントなので、カトリックと聖書は違っていていいのです。 ただ、中絶問題に関しては、新約聖書にも、旧約聖書にも中絶がだめとは書いてありません。ただし、「産めよ、増やせよ、地に満ちよ」という言葉が聖書に書かれています。それを根拠に、子どもを増やすことをさまたげる中絶は悪であると、罪であると、いいます。 プロテスタントの福音派は、このことを強烈に主張しますが、カトリックにも、もともとそういう教えがあります。バイデンさんや民主党は女性の中絶権を認める立場なので、それについてはあまり大きな声では言わないだけです。
松本 佐保 :日本大学国際関係学部教授