希死念慮に苦しんだ作家・土門蘭がサンリオに救われた理由 「他人が関与しない、自分だけの幸せ」を探して
30代半ばでひどくなった希死念慮
小説・短歌などの文芸作品などを創作し、ライターとしても活躍する土門蘭さん。2023年、希死念慮を抱えた自身の人生と向き合う『死ぬまで生きる日記』を上梓し話題になった彼女が、あるときカウンセラーの言葉で気付いた「自分だけの幸せ」とは。 ***
幼い頃から原因の分からない希死念慮があった。どうにか消えないかと試行錯誤してきたが、30代半ばから特にひどくなり、4年前からカウンセリングを受け始めた。 そこでまず問われたのが「どんな時に幸せを感じますか?」ということだ。いくつか答えをひねり出したが、どれも誰かに認められたり喜んでもらうことだった。カウンセラーさんは「他人が関与しない、自分だけの幸せはありますか?」とさらに尋ねてきた。その時初めて、自分の幸せを他人に委ねていたことに気が付いた。 それから私は「自分だけの幸せ」を意識的に探し始めた。旬の果物を食べること、洗いたてのシーツに包まれること、丁寧に入れたコーヒーを飲むこと。ささやかではあるが、誰にも干渉されない幸せな時間がそこにはあった。
女の子のリュックサックを見て「私も欲しいな」
そうするうちに、自分の中である変化が起きた。「きれい」とか「かわいい」と思う瞬間が明らかに増えたのだ。以前は自分がどう見られるかにばかり気を取られていたが、だんだん視線が内から外へ向かい始め、美しいものによく目を奪われるようになった。その一つが、サンリオのグッズだった。 近所の幼い女の子が背負っている、マイメロディの薄桃色のリュックサック。いつもはあいさつするだけなのに、ある時思わず「かばん、かわいいね」と声をかけた。女の子は驚いたようだったがすぐうれしそうに笑い「マイメロ、買ってもらったの」と言った。 「いいな、私も欲しいな」 反射的に出た言葉は、社交辞令でもなんでもなく本音だった。私はその時、自分がずっと彼女の持ち物に憧れていたことに気が付いた。ドロップみたいな髪飾り、ふわふわしたぬいぐるみ。そういったものへの憧れを「年相応じゃない」「自分には似合わない」と抑えて目をそらしてきた。 自分にも買ってあげようか。女の子に手を振りながらそんなことを思った。