消費税を下げてもインフレ対策にはならない理由:「第2法人税」の性質をもつ消費税
岸田文雄政権は所得税・住民税の減税を決めたが、インフレ対策としては消費減税こそが必要だという声も多い。だが、そこには「税の帰着(tax incidence)」という視点での消費税理解が欠けていると、小黒一正・法政大学経済学部教授は語る。(取材・構成:名古屋剛) *** ――「インフレ対策として、国民が求めているのは消費減税だ」といった意見もありますが、小黒先生は「消費減税では財・サービスの価格が下がるとは限らない」と主張しています。なぜでしょうか。 小黒一正(以下、小黒) それは、消費税が本質的に「第2法人税」の性質をもつからです。 ――「第2法人税」とは、どういう意味ですか。 小黒 法人税と消費税は課税ベースが若干異なるだけで、本質的には似た課税方法なのです。法人税の課税ベースは「売上-(原材料費+人件費)」で、消費税の課税ベースは「売上-原材料費」。これに各々の税率をかけて、税額を算出する、という考え方です。 大蔵省(現在の財務省)では、消費税の導入時から、消費税を「第2法人税」と呼んでいました。法人税も消費税も、事業者が税務当局に納付する仕組みであるという点で、類似性があります。 ――そもそも消費税が人件費にも課税しているのは、問題ではないのでしょうか。 小黒 最終的には政治判断の問題ですが、よく似た例としては、法人事業税の付加価値割があります。付加価値割とは、2004年度以降、資本金1億円超の普通法人に課すことになった外形標準課税の一部で、「報酬給与額・純支払利子・純支払賃借料の合計額+年度の損益」を課税ベースとして、それに1.26%の税率を課します。このうちの「報酬給与額」が人件費に相当します。
「税の帰着(tax incidence)」問題とは何か
小黒 国民の多くは、消費税率が引き上げられる度に、その増加分は消費者が100%負担していると思っているのではないでしょうか。 ――そうではないのですか? 小黒 厳密には誤解です。ここにパン屋があったとします。消費税率が上がった場合、パン屋の利益を減らさないためにはどのような選択肢があると思いますか。 ――①パンを値上げする、②より安い小麦を使う、②従業員の賃金を引き下げる、といったことが考えられますよね。 小黒 これは経済学では、「税の帰着(tax incidence)」問題と呼ばれます。最終的に誰が税を負担しているのかという視点で分析するのです。 もしパン屋が①の戦略を取って消費税の負担増分をパンの価格に上乗せしても、それが成功するとは限りません。 ――他店との価格競争があるからですよね。 小黒 その通りです。自分の店だけが値上げして、近隣の他店が値上げしなければ、お客さんを奪われて結果的に売上が減少する恐れがある。だから、消費税の増税分のすべてを消費者が負担するわけではなく、パン屋など事業者が値下げせずにその一部を負担すると考えられます。 「消費税は消費に課す税なので、消費者に対して100%負担を転嫁できている」という議論は誤解なのです。 経産省は、消費税率10%への引上げ時に転嫁状況をモニタリングしています。事業者アンケートの調査結果(2022年11月実施)では、事業者間取引で「全て転嫁できている」という回答は93.1%となっています。