映画、IT、二桁かけ算から人口世界一まで。「インドはすごい!」は本当か?
インドといえば「ヨガとカレーとガンジーの国」というイメージが根強くありますが、いま「人口世界一」「IT大国」「最大の民主主義国」と、さまざま注目を集めています。大ヒット映画『RRR』も圧倒的なアクションや劇中歌「ナートゥナートゥ」の高速ダンスで話題となり、記憶に新しいところ。 ところが、近年、日本で広がる礼讃調のインド報道に対して、インドをはじめとした南アジアの政治・外交・安全保障問題の専門家である伊藤融先生は危うさを感じているそうです。文化・教育から政治・外交まで幅広くお話を伺いました。 【写真】映画大国インドのシネマコンプレックス * * * * * * * ◆日本にとって遠い存在だったインド ――インド映画『RRR』は、日本でも大ヒットしました。ビジネス系の週刊誌でも、映画のようなソフトパワーや教育力など幅広い関心で特集が組まれています。 また書籍でも、貴著『インドの正体』をはじめインドをテーマにした出版があいついでいますね。このような注目の高まりをどのように見ていますか? 日本人にとってインドという国は、長い間、遠い存在だったと思います。もちろん、仏教発祥の地だという親近感や、「インドに行けば人生観が変わる」というような憧れみたいなものはありました。それでも、同じアジアといっても、中国や韓国、東南アジア、さらに西アジア(中東)に比べてもと、観光客の行き来も少ないし、経済関係も薄くて、本当のところは関心が高かったとはいえません。 ところが、今世紀初めに中国のパワーが大きくなって日本の経済力をあっという間に追い越し、軍事的にも強大になって、尖閣はじめいろんなところで自己主張を強め始めた。そんななかで、中国を後から追いかけてくる「民主主義」の大国、インドにがぜん注目が集まるようになったのだと思います。
◆日本のインドの報道の不十分な点 ――日本人のインドへの関心のひとつとして、近年「インド式計算」もブームです。インド人の子どもたちは掛け算九九にとどまらず19×19までの二桁かけ算を暗算でできるといわれていますが、現地でその計算力の高さを実感することはありますか? 日本での語られ方はやや神話的なところがあります。インドの学校で勉強すればみんな数学ができるようになると信じて、インド・インターナショナル・スクールに通わせたいという親御さんたちさえいるらしいですが。 かつては、街角の商店主もオートリキシャ(編集部注:インドで使われる三輪タクシー)の運転手も、みんなお釣りの計算くらいはお手の物でしたが、いまではキャッシュレスの時代になっていますので、日本でもそうですけど、これからは逆に計算なんてできなくても問題ないということになってしまうかもしれませんね。 ――日本のインド報道で、足りない視点はなんだと思いますか? メディアもまだインドを観察する態勢が十分に整っていないのが現状です。とくに日本のメディアは遅れていて、主要全国紙でもインドの駐在記者がデリーに一人しかいないというところは多いですし、その一人で、インドどころか、パキスタンやアフガニスタンから、バングラデシュ、スリランカなど南アジア8ヵ国全部をカバーしている状況です。それでは、なかなか正確な情報は得られないでしょう。 態勢の不十分さとも関係しますが、インドの報道に関しては、最初からストーリーのようなものが作られており、ITをはじめとした経済成長とカースト制や農村の貧困といった二面性を浮き彫りにするというのがお決まりになっている印象があります。もちろんそうした面はありますが、それだけが現実ではないでしょう。たとえば、国境付近のカシミールやラダックとか、マニプールで起きている紛争や諸問題、あるいは今年イギリスのBBCが報じたようなモディ政権のマイノリティ抑圧のような問題は日本ではほとんど知られていません。
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