トランプ大統領誕生でグローバル社会はどう変わるか 橋爪大三郎(社会学者)
では、アメリカとグローバル世界の何が変化するのか。 トランプを大統領の座に押し上げたのは、アメリカが過去と決別し、次の時代に進まなければならないという労働者大衆の直感である。トランプは、移民は帰れとか、女は言うことを聞けとかいった、野卑で本能的な暴言によって、共感を得た。金のかかることはしない、余分な負担はごめんだといった、わかりやすいが退嬰的な言動で、支持をえた。次の時代に進むためには、これまでの一部を切り捨て、これまでになかったやり方をとらねばならない。ヒラリー候補が、口にできなかったことだ。 切り捨てること。まず、安全保障面で、覇権国としての責任を果たすのをやめる。世界に展開する米軍は、アメリカの国益追求と、グローバル世界の安全と、両方の意味があった。その後者をやめる。グローバル世界の安全を保障してほしければ、対価を払え。さもなければ、サーヴィスをやめる。この方向に進めば、ロシア、中国などが存在感を増し、核拡散も拡大して、列強が対峙するいっそう不安定な秩序に移行する。アメリカにとっては安上がりで、束の間の豊かさを享受できるかもしれない。でも世界全体のコストは増すだろう。 つぎに、自由貿易も切り捨てる。トランプはTPP(環太平洋連携協定)に反対だ。自由貿易は、全体に利益をもたらすが、部分的な痛みを伴う。それはいやだと、アメリカの労働者は言う。アメリカはこれまで自由貿易の受益者だったが、新興工業国がいっそう受益者であるのが目につき始めた。そこで保護主義に舵を切るのは、弱者の選択である。アメリカ経済は縮小を続けた結果、弱者だという自己認識に至ったのだ。 さらに、国内の福祉も切り捨てる。民主党は、弱者に幅広く公的支援のネットを拡げてきた。トランプ政権は、福祉への連邦の支援を切り詰め、歳出削減を目指すだろう。減税と抱き合わせで、これを行う。ますますギスギスした社会になりそうだ。 では、つけ加わることは何か。アメリカ合衆国とは何かという、新しい定義である。トランプは、「Make America Great Again」と言った。アメリカがグローバル世界への関与を減らし、踏み台にして、その分だけ「偉大になる」という宣言だ。孤立主義への回帰である。 しかしアメリカは、かつての孤立したアメリカに回帰できるわけではない。ヒスパニックを中心とする世界からの移民が増え、白人の比率が下がり、グローバル世界がアメリカに根を下ろしている。北朝鮮の核ミサイルが、アメリカ本土を射程に収めている。グローバル世界への関与を、断ち切ることはできない。ある場合には、グローバル世界への発言権と介入を欲し、ある場合には、不関与を決め込むという、どっちつかずの予測の着かない行動をとることになるだろう。