藤井道人作品としても横浜流星主演作品としても初の1位 『正体』ヒットの必然
12月第1週の動員ランキングは、藤井道人監督、横浜流星主演の『正体』がオープニング3日間で動員16万6000人、興収2億200万円をあげて初登場1位となった。藤井道人監督にとっても、主演作としては横浜流星にとっても、本作が初の動員ランキング1位。両者は2018年公開の『青の帰り道』以来、これまで度々タッグを組んできたわけだが、たまたま転がり込んできた閑散期の1位ではなく、興収2億円を超える堂々たる成績で初の動員ランキング1位を成し遂げたのだからその喜びもひとしおだろう。 【写真】12月第1週の動員ランキング 藤井道人監督について注目すべきは、その作品の幅の広さと多作家ぶりだ。ここ2年の長編作品だけでも、昨年は『ヴィレッジ』『最後まで行く』『攻殻機動隊 SAC_2045 最後の人間』の3作品、今年も『パレード』『青春18×2 君へと続く道』に続いて今回の『正体』と3作品(それらに加えて、複数のテレビシリーズの演出も手がけているのには驚かされる)。その内容も、『ヴィレッジ』や『パレード』のような自身の脚本によるオリジナル作品、韓国映画のリメイク作品『最後まで行く』、テレビシリーズに追加シーンや再構成を施したアニメーション作品『攻殻機動隊 SAC_2045 最後の人間』、日本と台湾の合作『青春18×2 君へと続く道』と、作品ごとにまったく異なる方向性を持った作品。かといって、藤井道人は職人監督に徹しているというわけではなく、各作品において必要や要求に応じてその個性を刻みつけている。それは、旧来のイメージとしての映画監督の「作家性」とも違う、2020年代の映画界に最適化した戦略性や方法論ともいえるものだ。 というのも、「作品ごとにまったく異なる方向性」というのは、内容にとどまらず、座組そのものにも及んでいるのだ。2022年にワーナーのローカルプロダクション作品『余命10年』で(現在のところ)自身の最高興収となる30億円を記録した後も、自身が設立したBABEL LABEL(現在の代表は山田久人氏)が2022年にサイバーエージェントの傘下に入って2023年にNetflixと5年間の戦略的パートナーシップを締結した後も、メジャー系作品やNetflix作品にこだわらず、とにかく作品を送り出し続けている藤井道人監督。今回の『正体』のヒットも、その手数の多さから体験的に得てきた観客のニーズ、そしてその手数の中で培ってきた役者たちとの信頼関係がもたらしたものだという側面も大きいだろう。 それらをふまえると、アメリカの60年代の人気テレビドラマ『逃亡者』を一つのルーツとする「逃亡者もの」であり、ストーリーとしては(他の藤井道人監督作品と比べても)いささかベタな今回の『正体』が、老舗の配給会社である松竹の作品であることも、単純に大御所を集めただけではない「現在」の日本映画界のオールスターキャストを実現していることも、すべては必然に満ちたものであることがわかる。
宇野維正