【韓国】[書評]「全斗煥」木村幹著
本書は、韓国の民主化運動における「悪役」で知られる故全斗煥(チョン・ドゥファン)元大統領の評伝だ。そのイメージから彼の生涯を学術的な観点からまとめた著作は、日本や韓国を含めても本書が初になるという。全斗煥が歩んできた人生の過程を通じ、韓国の苦難の成長の歴史をたどる。 例えば、故朴正熙(パク・チョンヒ)元大統領が暗殺された1979年10月。軍内の要職にあった全斗煥は事件の捜査を指揮する合同捜査本部長を任される。暗殺事件直後に大きな混乱が渦巻く中、不用意に丸投げされたこの人事が韓国現代史のターニングポイントになったといえる。 結果的に合同捜査本部は、韓国全土における情報・捜査機関を統制する巨大な権力を手に入れ、そのトップである全斗煥はさらなる権力獲得をもくろむ。軍部の反乱「粛軍クーデター」、韓国現代史上で最も悲惨とも言われる「光州事件」を指揮し、勢いそのままに第11代韓国大統領の座までつかみ取る。朴正熙暗殺からたった10カ月という短期間で、血塗られた権力の階段を一気に昇りつめた。 全斗煥のイデオロギーを理解する上で、少年時代の経験は重要な手がかりだ。左翼勢力の活動が激しかった中学時代、勉学に励みたかった全斗煥は授業ボイコットを扇動する左翼関係者に大きな憤りを感じて、反共意識が目覚める。それ以降、彼のさまざまな行動の多くは「反共主義」により正当化されている。民主化運動を弾圧した「光州事件」については、頭の中にあった「反共主義」を本格的に実行に移した結果だともいえるだろう。 韓国では「嫌われ者」として、現代史を描く映画やドラマで引く手あまたの全斗煥。大ヒット映画の「タクシー運転手 約束は海を越えて」「ソウルの春」「KCIA 南山の部長たち」などを見た人なら、映画のシーンを思い浮かべながら読み進めるとさらに理解が深まりやすい。 (ミネルヴァ書房・3,850円)