多様性は大事だけれど、きれいごとでは終わらない「分断された社会」の現実…誰もが「生きづらくない社会」について真剣に考えるための「一つの手がかり」
社会のルールはどのように決めるべきか? すべての人が納得できる正義はあるのか? 講談社現代新書の新刊『今を生きる思想 ジョン・ロールズ 誰もが「生きづらくない社会」へ』は、現代政治哲学の起点となった主著『正義論』を平易に読み解き、ロールズ思想の核心をつかむ入門書です。 【写真】当たり前のようにある「収入の差」「リスクの差」を受け入れていて良いのか? ※本記事は玉手慎太郎『今を生きる思想 ジョン・ロールズ 誰もが「生きづらくない社会」へ』から抜粋・編集したものです。
「正義にかなった社会」とはどのようなものか?
『今を生きる思想 ジョン・ロールズ』は、20世紀アメリカを代表する哲学者の一人であるジョン・ロールズの思想の入門書です。その主著『正義論』のいくつかのポイントに焦点を絞り、筆者の力のおよぶ限りわかりやすく、かつコンパクトに解説していきます。 ロールズの『正義論』は、1971年にアメリカで出版された政治哲学の著作です。出版から50年ほど経ったいま、すでに政治哲学を論じる上で欠かすことのできない一冊、いわば学術上の「古典」としての地位を確立していると言ってよいでしょう。学術研究のみならず学校教育の場でもその存在感は大きく、例えば日本の高校の「倫理」の教科書の多くに、この本と著者ロールズの名前を見つけることができます。 しかし、こうした重要な著作であるにもかかわらず(あるいは重要な著作にはよくあることかもしれませんが)、一般の人々はもちろん、政治哲学の専門家でなければ研究者のあいだでも、読まれることはほとんどない本でもあります。英語の原著で500ページ超、邦訳ではおおよそ800ページという大著であり、内容も決して易しいものではないことが、大きな足枷になっていると思われます。 そこで、この歴史的な著作のエッセンスについてできるだけわかりやすく噛み砕き、短くまとめて日本の読者に届けようというのが、本書の目的です。 詳しくは『今を生きる思想 ジョン・ロールズ』の本文の中で論じていくことになりますが、『正義論』は「正義にかなった社会のあり方はいったいどのようなものか」という問いについて、哲学的に探究したものです(ここで「哲学的に探究する」とは、問題の根本まで立ち返って一から考える、というような意味です)。 そしてこの問いに対するロールズの解答は、一言でいえば、人々の自由と平等を大切にする社会こそがそうである、というものでした。すなわち、人々のさまざまな権利が尊重されるとともに、格差や貧困の縮減を通じて人々が対等な関係におかれるような社会こそが、正義にかなった社会なのだとロールズは述べました。 より具体的に言えば、外国人であったり特定の宗教を信仰していたりするからという理由で法的な根拠なしに逮捕されること、経済危機の中で極度の貧困に陥った人々に対する支援策が自己責任の名の下に否定されること、生まれた地域の公教育の脆弱さのゆえに十分な基礎教育が受けられない子どもがいることなどは、正義にかなった社会においては認められないということが、ロールズの主張から帰結します。このようなロールズの政治思想は、のちに「平等主義リベラリズム」と呼ばれ、現実の政治にも影響力を持つことになります。 政治哲学について学んだことはなくても、格差、正義、自由、平等といったテーマに関心があるという方は、決して少なくないと思います。また、広く政治や哲学について関心があるという方もいるでしょうし、他の本の中でロールズの名前に出会い、興味を抱いたという方もいるかもしれません。どんな理由からであれ、彼の思想に向き合うことでいくつもの知的な驚きと発見が得られるでしょう。多くの人に最後まで読んでもらえたならば嬉しく思います。