井上咲楽×Hana 人気レシピ本作者対談――“仕方なくの自炊”が“楽しい”に変わった瞬間は?
■料理が楽しいに変わったのはいつ? 現在レシピ本が活況だ。連日のように趣向を凝らしたレシピ本が出版されている中で、特に話題の書籍がある。YouTubeやインスタグラムで朝・昼・夜の3食×1週間の食費を、2000円以内でおさえたレシピを紹介し大人気のHanaさんによる『1週間2000円 ひとり暮らしごはん』(ナツメ社)だ。 【写真】これが1週間2000円の食費でつくれるの!? 簡単で美味しい!「チキン南蛮」「ハニーマスタードチキン」など話題の紙面をみる 「これはすごい」「目からウロコ」などSNSでも高評価の投稿があり、発売から1ヶ月で4刷目となった人気作だ。着々とファンを増やしているHanaさんが、今回対談としてメディアに初登場。 記念すべきお相手は、バラエティをはじめ老若男女問わず人気を博しているタレントの井上咲楽さん。井上さんはロケや収録にと多忙を極める中、日々のSNSであげている手料理が話題となり初のレシピ本『井上咲楽のおまもりごはん』(主婦の友社)を刊行したばかり。「料理する楽しさ」をそれぞれのスタイルで紹介しているお二人に、料理をすることの魅力やそれぞれのレシピ本の感想など、食に対する思いを語っていただいた。(編集部) ■もともと自炊は仕方なくやっていた ――日頃からSNSで料理について発信されているお二人は、同世代で、今年5月に初の料理本を刊行されたという点でも、共通していますね。 Hana:以前から、咲楽さんのSNSを拝見していたので、今日はお会いできてとてもうれしいです。はじめはぺえさんのYouTubeで、手料理をふるまわれているのを見て、料理上手なだけでなく、気さくなお人柄がとても素敵だなぁと思って。 井上:ありがとうございます。最初、YouTubeに出演したとき、ぺえさんに「おなかがすいた」と言われてたまたまその日あるものでつくったら、思いのほか喜んでもらえて。SNSにも載せたらと言われたときは、正直、アピールするほどのものでもないし……と思っていたんですけど、やってみたらこれまた、思いのほか反響が大きかったんです。料理本のお話をいただいたときも、独創性があるわけじゃないしなあと一瞬、迷いました。というのも、そもそも私、あんまり自炊が好きじゃなかったんですよ。 Hana:おんなじだ! 私も初めはそうでした。 井上:仕事が不規則な時もあったので、生活のために、健康のために、しかたなくつくっていたって感じです。 Hana:それも、おんなじです。私も、お給料が少ないから自炊をしなければやっていけなくて、1週間で2000円というコンセプトを掲げて、ようやく続けられるようになったという感じなんです。 ■1週間2000円という節約の中で考えるのが好き ――1週間、朝昼晩の3食すべて込みで2000円。その金額は、どんなふうに設定したんですか。 Hana:1週間分の食材を何も考えずに買うと、だいたいいつも2500円くらいだったんですよね。だったら、頑張れば2000円におさえられるかな、って。制約があったほうが工夫のしがいもあるし、無限の選択肢を与えられるよりも、決められた食材でどうやって1週間の献立を組み立てるか考えるほうが、パズルみたいで楽しくて。 井上:ちょっとわかる気がします。テトリスみたいに、うまく全部がハマると楽しいですよね。私も、自炊するときは料理というよりも実験感覚に近くて、これとこれとを組み合わせたら意外とおいしいんじゃない?って感じでつくることも多いです。 Hana:もともと料理するのが好きな人と違って、ゲーム感覚がないと続けられないというのはありますよね。最初は全然、上手にできませんでしたけど(笑)。紫色になりかけのレタスと、食べられないわけじゃないけど全然おいしそうに見えないおかず、それに白いごはんというのが最初のお弁当でした。 井上:毎朝つくって会社に持っていくのが、まず大変ですもんね。私は仕事の時間も不規則で、どちらかというとつくりたいとき、食べたいときに、やれることだけという感じなので、すごいなあと思います。 Hana:時間が不規則なのも、ものすごく大変そうだし、そのなかでお料理をして自分のペースを守っていらっしゃるのが、私はすごいと思います。毎日やるのは、確かに最初は大変だったんですけど、続けていると自然とそのサイクルになじむようになるんです。あとは、YouTubeにお料理動画を投稿して、見てくれる人の存在を感じるようになってからは、よりがんばろう! と思えるようになりました。私と似た境遇の方から「これなら自分にもできそうだから、試してみます!」なんてコメントをもらうと、誰かの役に立てているんだなあと、励みになります。 ■ぬか床は理科の実験みたい ――井上さんもご自身のYouTubeでも料理をされる姿やご家族での食にまつわる動画を公開されています。 井上:反響があるとうれしいですよね。私は、母からわけてもらったぬか床を育てているんですけど、同じぬか床で同じものを漬けていても味がまるで同じにならないことに気がついたんです。それがちょっと、理科の実験みたいでおもしろかった。ぬか床って、食べ物というよりは生き物を育てるみたいな感じなんだなと思ったら、がぜん興味がわいちゃって。発酵食品そのものにハマり、塩こうじなども自分で仕込むようになりました。 Hana:すごい! 塩こうじって、使いこなすのが難しい印象で、一度も使ったことがないんです。鶏肉にもみこむといいとかきくけれど、それ以外の用途がわからないから、余らせてしまいそうで……。 井上:私もそう思っていたんですけど、つくったからには使わなきゃと(笑)。意外と万能で、なんにでも合いますよ。お味噌汁に入れたり、ケチャップライスをつくるときに、まずケチャップと塩こうじをまぜて火を通したり。ドレッシングに入れることもあります。 ■調味料を減らしてくれる塩こうじのすごさ Hana:そんな使い方ができるんだ! 入れると、うまみが増す感じなんでしょうか。 井上:そうですね。驚くほどおいしくなる、というよりは味が深く沁み込んでいく。おいしさの土台をつくってくれる感じなので、自炊の楽しさをより引き立ててくれると思います。塩のかわりとして何にでも入れられるので、塩こうじがあるだけで、使う調味料も減りますよ。顆粒出汁もほとんど使わなくなりました。Hanaさんのレシピをみていると、「一回しか使わない」みたいな調味料がひとつもなくて、ちゃんと日々の暮らしで工夫してお料理している方、という印象なので、使うと楽しいんじゃないかな。 Hana:勉強になります!やってみますね。たしかに、咲楽さんのレシピには塩こうじをよく使っていますよね。 井上:なんか味が決まらないなと思ったら入れちゃいます。でも私、もともとは塩こうじがあんまり好きじゃなかったんですよ。というのも、私が小学生くらいのころ、祖母が塩こうじにハマって、やっぱりなんにでも入れていたんですよね。煮物とかに白いつぶつぶが入っているのが、なんとなくいやで(笑)。 Hana:それはちょっと、子どもにはちょっとハードルが高いですね(笑)。 ■料理は心を整えてくれるもの 井上:今は祖母の気持ちもよくわかるんですけどね。発酵食品をつくって、自分で使うようになってから、はじめて「自分の味」というものを手に入れられたような気がします。それまではやっぱり、家のごはんといえば母がつくる味でしたが、自炊ならではの滋味深さがある味を、自分なりに探していきたいなと思えるようになりました。そんな自分の味が、今は日々のおまもりのような存在なので、料理本のタイトルにも「おまもりごはん」とつけました。 Hana:おまもり、っていうのはすごくわかる気がします。私は毎日自炊するようになって、メンタルが安定したんです。仕事がけっこうハードで、人間関係に悩むことも多く、気持ちが沈みがちだったのですが、日々料理をしてYouTubeを投稿することで、暮らしが外側から整う感じがあって。投稿することが「いつもの自分」に戻るきっかけの一つになっていったんです。コメントをもらって、一人じゃないって感じられるのもよかった。 井上:HanaさんのYouTubeは、撮りためているものを投稿しているのではなく、毎日撮影したものをリアルタイムで公開しているんですよね? 朝からジムにも通っているって本に書いてあったので、ものすごく大変なんじゃないかと……。 Hana:大変です(笑)。逆に咲楽さんは、ロケで数日おうちに帰れず、自炊できないときも多いと思うのですが、そういうときは台所が恋しくなったりするんですか? 井上:なりますねえ。料理がしたいというよりは、自分の味を食べたい、って感じですけれど。Hanaさんがおっしゃったように、暮らしを整えることでメンタルも安定するというのも確かにあって。料理をする過程で、少しずつ家のなかの暮らしに戻っていくというのかな。とくべつにオンオフをつけるタイプではないんですけれど、仕事とか、外向きの自分が抜けてリセットされていくその時間は大事なんだろうなと思います。 ■お互いのレシピ本についての感想は? ――お互いのレシピ本を読まれて、どんな印象を持たれましたか? Hana:咲楽さんのレシピはつくってみたいものばかりでした。とくにウーロンめし(ウーロン茶の炊き込みごはん)が気になります。独創性があるわけじゃない、っておっしゃっていましたけど、シンプルなのに新しく感じられる料理がたくさんありますよね。なったま春巻(納豆卵焼きの春巻き)もおいしそうだし、豆腐に重曹を入れてとろとろにしていたり。その発想はどこからくるんだろう、って。 井上:「ウーロンめし」は、荻窪のごはんやさんで食べたのがあまりにおいしくて再現したんです。「なったま春巻き」は、もともと実家で食べていた納豆と卵を炒めたやつを春巻きにしたらおいしいんじゃないかと思っただけなのですが、ちゃんと棒状に包めなかったので巾着にしました。でもそれが意外とおいしくて。豆腐に重曹は誰かに聞いたんじゃなかったかなあ。 Hana:最初は人から教えられたものかもしれないけれど、ちゃんと自分のものにしているのが素敵だなと思います。先ほどの、オムライスのケチャップに塩こうじを入れるのもそうですが、発想が柔軟なんですよね、きっと。 井上:基本の勉強をしていないからじゃないでしょうか。たぶん、料理に詳しい方からしてみたらセオリーから外れていることも多いと思うんですけど、私にはまずその「こうしなきゃいけない」がわからない(笑)。先ほども言ったように、実験感覚で食材もくみあわせてしまうんです。毎日同じものを食べてもそんなに飽きないかもしれないけど、つくるのは同じものばかりだと飽きてしまうから、いろいろ試したいんですよね。 Hana:わかります。私も、つくることに飽きたらやめてしまうと思うから、あれこれ工夫して献立を考えている感じです。海外のレシピなんかも、しょっちゅう検索しています。レシピ本に載せた「レモンクッキー」は、ポルトガルに住むおばあちゃんから教わったもので。血は繋がっていないけれど本当の家族みたいになかよしな方の直伝です。まだまだおばあちゃんの味にはほど遠いんですけれど、気に入っているお菓子です。 井上:Hanaさんのレシピ本の中で気になったのは、「ブンチャー」。私もつくってみようと思いました。ただ紹介するだけでなく「海外に行きたいときにつくりたい」っていうテーマ設定がいいですよね。他にも「たくさん頑張った日に」とか「早起きした休日に」とかシチュエーションごとにレシピがあるのも好きです。 Hana:ありがとうございます! この4章はぜひ掲載したかったんです。ただ節約のために料理をするのではなくて、料理をすること自体を楽しんでほしかったので、そう言っていただけるととてもうれしいです。 井上:毎日の献立も、そういうシチュエーションを想定して決めているんですか? Hana:毎日のこととなると、もう少しルーティン化しています。まず日曜の朝に、今の自分が食べたいものを書きだすんです。そこから食材に分解して、ほかに何をつくれるだろうかと考えて……。とはいえ、週の後半では食べたくなくなっているかもしれないので、つくりおきの惣菜は少量をいろいろ用意するようにしています。つくるのも食べるのも、飽きないのが大事だと思っています。 ■疲れきってめんどくさい……自炊はどうする? 井上:レパートリーを広げていくのも大変そう。 Hana:基本的には祖母や母からもらったレシピをもとに、自分なりにアレンジしているのですが、外食したときにおいしかったものを写真に撮ったり、食べていないものでもメニューを撮影しておくようにしています。 ――ちなみにお二人は、どうしても面倒だ! というときは、どんな料理をしているのでしょう。 井上:私、めんどくさいときは具なしのお味噌汁で済ませちゃいます。カップに鰹節とお味噌を入れてお湯で溶くだけ。自分の「あの味」が食べたいけれど自炊する元気もないってときは、具なし味噌汁に冷凍してあるごはんに納豆か卵をかけるだけ。元気なときに、ショウガをすったものもジップロックに入れて冷凍しておくと、そういうときに折って使えるので便利です。母からの受け売りですけどね。 Hana:私は具だくさんのスープかな。余っている野菜とか、ありものをなんでも入れて、味つけをしてそれで終わり。考えなくていいし、簡単だけど、食材を無駄にしなくてすむし、体にもいいから罪悪感がないんですよね。 ■料理をより楽しくする道具や器 ――道具へのこだわりはありますか? Hana:実をいうとあんまり凝っていなくて、百均のもので済ませていたくらいなんです。でも最近、パン切り包丁やペティナイフを用意して、とても使いやすくて今では手放せなくなりました。咲楽さんのYouTubeでは、ときどきご実家で料理する風景も映し出されますが、フライパンなど、一つの道具に対していろいろな種類のものが揃えてあって、お母さまのこだわりを感じます。なにか、おすすめの道具があったら、教えてほしい。 井上:最近、スライサーとすりおろし器がセットになっている「Qシリーズ」というのを買ったんですけど、これはおすすめです。今まで、すりおろしという文字がレシピにあったらその時点でつくるのをやめるくらい、面倒くさくて嫌いだったんです。でも、この道具を買ってからものすごくラクになって。人参シリシリも簡単につくれちゃうし、大根おろしも気軽に用意するようになりました。 Hana:大根おろし、あれば活用するけど、つくるのはめちゃくちゃ面倒くさいですよね。 井上:そうなんですよ。みぞれ煮とか大好きなのに、面倒すぎてつくれなかったのが、かなりハードルが下がりました。 Hana:咲楽さんは、盛り付けの器にもこだわっていますよね。どこで買うんですか? 井上:地元が益子という焼き物で有名な町なので、自然とそういうお皿を使うようになったんです。料理本でも、半分くらい、自分のお皿を使っています。スパイスカレーのお皿は今でも欠けたものを使っていて。縁起悪いからやめたほうがいいってよく言われるんですけど、盛りつけするのに問題はないし、たいして欠けてないからいいじゃん、って(笑)。 Hana:本当だ、よく見てみたら! でも逆に味わいがあって素敵、というかもともとこういうデザインなのかと思っていました。 井上:Hanaさんのレシピ本にも、愛用の食器を紹介するコーナーがありますよね。海外のお皿もあって、日本の焼き物とはまた違う魅力があります。 Hana:そうですね。ついアレコレほしくなっちゃうけど、買い足すときはできるだけ必要なものに絞るようにしています。この料理を載せるお皿がほしい、みたいに、ちゃんと使い続けられるものを。 井上:1週間2000円というくくりもそうですが、Hanaさんの本はみんなが「自分もやってみよう」と思えるのがいいなと思うんですよ。私、白ワインビネガーとか、あんまり使わない調味料が出てくると、それだけで諦めちゃうことが多いんですけど、そういうことがまるでない。初心者でも挑戦しやすいレシピのやさしさだけでなく、食材の手軽さもふくめて「やめておこう」と思うところが一つもない。日本全国どこにいても誰でもできる、つくる人に寄り添ったレシピ集だなと。 Hana:とてもうれしいです……。一人暮らしをしていると、落ち込んだ気分をどうにも持て余してしまうときってあるじゃないですか。そういうときに誰もが「この本を開けばちょっと気分転換できる」と思えるようなレシピを集めたいなと思ったんですよね。だからなるべく、誰にでもつくりやすいように、いろんなシチュエーションでレシピを選べるよう、工夫したつもりです。だからタイトルも「ひとり暮らしごはん」にこだわりました。 井上:食材の索引がついているところも、すごく好きです。 Hana:読み込んでくださって、ありがとうございます。咲楽さんの本も、おっしゃっていたように特別な調味料はほとんど出てこないし、なじみのある食材なのにはじめて出会うようなレシピばかりで、写真を見ているだけでわくわくします。まずは塩こうじを導入してみようと思いました。あと、スライサーも。 井上:ぜひ! これからも、気負わず楽しく、自分が飽きないように料理を続けていきたいですね。 Hana:そうですね。今日はとても励みになりました。ありがとうございます。
たちばなもも