今、「円キャリーバブル崩壊」で超円高になるのか?注目したいかつての事例との比較、もう「貿易黒字大国」ではない
今回は円安・資産価格バブル
双方の時代とも経常黒字大国には違いないが、第一次所得収支黒字の過半は円買いとなって還流することはせず、証券投資収益や再投資収益という名目で外貨のまま国外に滞留していると疑いが強い。この点は過去の本コラム「唐鎌大輔の経済情勢を読む視点」でも何度か議論している通りだ。 そもそも実需環境として円高に振れるだけの貿易黒字を抱えることができていたのが05年から07年である。円安に呼応して輸出を増やすだけのパワーがまだ日本経済にあったので、円安バブルと形容されたことも多少は頷ける部分もあった。 実際、当時の日本経済は、過去最長であった「いざなぎ景気」(57カ月間:1965年10月~1970年7月)を超え、戦後最長の「いざなみ景気」(73カ月間:2002年1月~2008年2月)の最中にあったと認定されている(これについてもさまざまな議論はあるが、一応、公式にはそういうことになっている)。少なくとも現在と比較すれば、当時は円安が輸出を基点に実体経済へ恩恵をもたらしていることが見えやすかった。
片や、21年から23年についても円安バブルだったという評価が今、議論されているわけだが、日本経済の好調を指摘する向きは乏しく、むしろスタグフレーションの疑いがかかっている。強いて円安バブルがあったとすれば、それは株式市場や不動産市場を筆頭とする資産価格の話であって、実体経済は円安経由の物価高で逆に苦しんでいる実情がある。円安・資産価格バブルという方がしっくりくるかもしれない。
貿易赤字国として迎える利下げ
要するに現在は前回円安バブルと言われた05年から07年とは円の需給環境が全く異なっている。米国の利下げを迎え撃つこれからの展開を検討するにあたっては、その辺りの相違を考慮する必要がある。 紙幅の関係上、議論は割愛するが、実は日本は貿易赤字国として米国の利下げを迎えた経験がほとんど無い。19年7月以降の米連邦準備理事会(FRB)利下げが貴重なサンプルとして挙げられる。 直後の同年8月こそ確かに円高になったが、この年を最後まで見ると「3回利下げして3円程度円高になる」といった程度の動きだった。もちろん、蓄積しているポジションや米国経済の状況が違うため単純比較は困難だが、需給構造だけを見れば05~07年の日本と21~23年の日本はほとんど「別の国」と言っても良い。多額の貿易黒字を抱え、多くの実需の円買いを誇った前者の時代と異なり、現在は統計上の黒字があっても実需の円買いはさほどではないという見方は多い。 簡単に図式化すると、当時は図表(4)における(1)から(2)への移行だったが、今回は(3)から(4)への移行となる。今次局面は「実需の円売り」が残ってしまう分、円高の震度は異なるのではないか。少なくとも05~07年の経験になぞらえて、超円高局面が再来するかのような言説にはまだ慎重でありたい。
唐鎌大輔