競争率6倍…「地域中核・特色大学」の12校はなぜ選ばれたのか
5校の事例は?
千葉大の場合は研究支援のデータサインス(DS)人材を集めた組織の新設が目を引く。人工知能(AI)による高度なシミュレーションや最新のDS解析ツール、メタバース(仮想空間)などを研究インフラとして同組織で導入する。さらに研究支援人材や研究設備など同大が弱かった部分を改善しつつ、ベンチャーファンドや事業子会社など、指定国立大以外ではまだ一般的でない手法に打って出る。 研究テーマに免疫・ワクチンを挙げるが、これは各手法を適用する最初の対象領域にすぎない。追って他テーマに広げ全学を底上げする。単なる1研究開発事業でなく、本質的な大学研究改革という形が見て取れる。 J―PEAKSと国際卓越大のどちらに応募するかは、多くの大学が悩んだ点だ。北海道大学の宝金清博総長は「大きな研究力を生み出すには資金、人材、仕組みのすべてがそろう必要がある。黙っていても人や資金が集まってくる大学に、本学はまだなっていない」と、J―PEAKSを選んだ理由を説明する。テーマの盛り込みは避け、持続的食料生産システムに絞った上で、研究・経営力を引き上げるための大がかりな組織改革に着手する。 一方、慶応義塾大学の天谷雅行常任理事は「大きな学内変革を伴う国際卓越大に現時点で応募するより、全学一体となり慶応らしい研究大学としての着実な進化を目指すことが重要だ」と強調する。 伊藤公平塾長はイソップ童話の「ウサギとカメ」を引き合いに、自らをカメに重ねて教訓を得る日本人が、同様に自らをウサギに例える米国人と、西洋のルールのもとで競争することに疑問を投げかけるという。「社会的役割も国の支援体制も、私立大は国立大と異なる。同じには考えられない」(天谷常任理事)。 提案の土台としたのは、医学と理工学で三つを誇る大型研究拠点事業だが、今後はこのノウハウを人文・社会科学系の拠点創出へつなげる。これも国立大では出にくい視点で、「慶応らしさ」の典型例といえる。 食とエネルギーをテーマとする東京農工大学は当初、千葉一裕学長が国際卓越大への応募を公言しアピールしていた。しかし国際展開を強化するのに、多様な大学との連携が力になると判断。農工大が立地する東京・多摩地区にある電気通信大学、東京外国語大学とのサステナビリティー(持続可能性)連携を生かしたJ―PEAKS応募へかじを切った。 すでに世界の地域研究に、地理情報のデータ解析を組み合わすなど、サステナビリティーの博士教育で実績を出しつつある。言葉が踊りがちな文理融合だが、「連携開始から10数年。事業資金を分け合って終わり、とは違う関係が構築できている」と三沢和彦特命理事・副学長は胸を張る。国立大の認定ベンチャーファンド第1号や24年度設立を計画する事業子会社といった、農工大の尖端的活動を2大学が活用できる点も魅力的だ。 採択テーマで異色なのは「芸術(アート)×科学技術」を掲げる東京芸術大学だ。「本学が芸術の意味を発信しないと、『アートは贅沢品』『企業メセナでいい』と廃れてしまう」と日比野克彦学長は危機感を持つ。 芸術的感性で未来を考える「アートシンキング」や、クリエーターのように発想の確度を上げる「デザインシンキング」の活動を計画する。また社会的投資収益率(SROI)を活用し、アートへの投入資源が人々の行動変容を促し、得られた価値を数値で表す挑戦もする。「創造性が生まれる環境をアートで作り出す」(日比野学長)ことで、芸術系大学全般への社会投資を後押ししたいと意気込んでいる。 24年度のJ―PEAKSは今回と同様の件数の採択が見込まれるが、応募を国際卓越から変更する大学も予想され、見通しにくい。研究大学を名乗るためのパスポート獲得に向けて、さらに高度な企画戦略が必要になってきそうだ。