「奥さんな…普通の霊と違てはる」 あっけなく死んだ最愛の妻の霊との奇妙な三角関係を描く切ない謎解きミステリ【新年おすすめ本BEST5】(レビュー)
北沢陶『をんごく』は横溝正史ミステリ&ホラー大賞受賞作。船場言葉を駆使した語り口は新人離れした上手さで、冒頭から物語に引き込まれる。 時は大正時代末期。大阪・船場の老舗呉服商の長男に生まれた壮一郎は、店を義兄に任せ、東京で絵を描いて暮らしていた。最愛の妻・倭子と二人の貧しいが幸せな日々は、関東大震災によって突然崩れ去る。足にひどい怪我を負った妻を大阪に連れ帰るが、倭子はあっけなく死んでしまう。失意のどん底にある壮一郎を襲う怪異。相談した巫子いわく、「奥さんな、行んではらへんかもしれへん。なんや普通の霊と違てはる」。倭子の霊は、まだこの世にとどまっているのか? やがて、成仏できない霊を食らう妖怪エリマキが登場し、物語は意外な方向に進路を転換する。人の姿をしているものの、エリマキは男でも女でもなく、決まった顔を持たず、相手がもっとも強い思いを持つ人物の顔を見せる。壮一郎とエリマキと霊の奇妙な三角関係はどこにたどりつくのか。切ない幽霊譚としても謎解きミステリとしても上々のデビュー作だ。
ジェフリー・フォード『最後の三角形』は、2023年のベスト短編集に認定したい1冊。ホラー、ファンタジー、SFなどさまざまなジャンルに属する奇想に満ちた極上の14編が揃う。03年のネビュラ賞に輝く巻頭の「アイスクリーム帝国」は、共感覚を持つ少年がコーヒーアイスクリームの味を通じて別世界の少女と出会う、はかなくも美しいラブストーリー。風変わりな趣向のゾンビ小説「マルシュージアンのゾンビ」や、本棚を登攀する妖精たちの冒険を語り手(人間)が心の中で応援しながら観察する「本棚遠征隊」もいい。個人的なお気に入りは、甲虫型異星種属の街を舞台にした「エクソスケルトン・タウン」。地球人たちはみんな往年のハリウッドスターのスキンをまとって暮らしているという謎設定で、主人公はなぜかジョゼフ・コットンの顔をしている。