「紫式部のすごさとは?」精神科医で作家の帚木蓬生(ははきぎ・ほうせい)が紡ぐ“本物の『源氏物語』”
神戸:和歌を紹介したところで「これはこういう哀愁で」と書かれていますよね。 帚木:そうそう。「という慨嘆で」「悲嘆で」と。 神戸:あれで、意味づけがはっきりわかるんです。 帚木:ちょっと工夫しました。「何々の意味である」と説明したら、ばかみたいになる。「何々という悲嘆」だと。 ご自宅でインタビューしたんですが、とても面白くて。和歌は僕らには難しいものと思っていたのですが、帚木さんがきちんと「この和歌はこういう悲歎で」と補足的に書き加えています。和歌を削ってしまうのではなく、説明をちゃんとして書くので、腑に落ちます。 さらに、紫式部のパートに戻ると、この章全体がどんな意味だったのか、ということがわかってきます。 そして、式部の人生に何かの動きがあった時「では源氏の続きを書こう」と物語がリンクしていくのです。
王朝貴族のリアルな世界
私はこの小説を読んで、初めて『源氏物語』の全体像がわかってきた気がしました。帚木さんは「源氏物語は女性の物語だ」と語っています。 帚木:『源氏物語』は、光源氏が主人公じゃないです。女性ですよ。女人。重要人物が25人出てきますけど、原稿用紙2500枚ぐらいの中で全部描き分けているんです。こんな芸当、できないですよ。3人ぐらいは描き分けられますけど、25人を散らばせて描き分けるという、この手腕。ここに眼目があったと思いますよ。 神戸:女性の様々な生き方を、書く。 帚木:そう!哀れさを伴った生き方をしている女人に、紫式部の同情があったと思います。 神戸:それは、目の前にいる人たちを見ているからですよね。女房として貴族階級の中にいて、仕える側として見ている。 帚木:主人に仕えなきゃいけないし。 神戸:主人たちにも、お妃さんなどいろいろな方がいらっしゃるけれども、人生の浮き沈みがありますよね。 帚木:あります。それをよく見ていたんじゃないでしょうかね。それをピシッとはめ込んでいったんじゃないでしょうか。それは、すごい手腕だと思いますよ。 神戸:そういう小説は、それ以前にはありえないですね。 帚木:ありえない。 神戸:その後も… 帚木:ないですよ。紫式部は特に、漢文の素養がすごいですから、NHKの(ドラマで描かれるような)町娘のチャラチャラしたのとは全く違う人物ですから。恥ずかしいですよ、あれは。私の小説の発刊に合わせて大河ドラマを作ったのはわかりますけどね(笑)それはありがたいですけど。