元ソフトバンク松田ら…大谷翔平と戦った男たちが明かす 「俺たちにしか分からないハンパないオーラ」
中学時代は大谷の名前を知らなかった
「とてもデカく感じました。マウンドからバッターボックスまで18mちょっとしか離れていませんが、発する威圧感が尋常(じんじょう)ではなかった。巨大な怪物に向かって投げているような感覚でした」 【貴重なフォトを独占入手!】メジャーを撮り続けるカメラマンが見た”素顔の大谷翔平” 青森山田高2年秋の練習試合で当時、花巻東高に在籍していた大谷翔平(30)と、ピッチャーとして対戦した大坂智哉(おおさかともや)氏(30、クラブチーム『東北マークス』に所属)が振り返る。 ドジャースの大谷が、9月20日(日本時間)のマーリンズ戦で伝説を作った。誰も記録したことのない「50―50(50本塁打、50盗塁)」を達成。翌日以降も偉業を重ね、9月24日現在「53―55」に到達している。前人未到の記録を更新し続けるレジェンドと実際に対戦した男たちは、大谷を目の当たりにしどう感じたのか。「俺たちにしか分からないハンパないオーラ」を、彼らの肉声で紹介したい――。 「ホームラン、何本ぐらい打ったの?」 「35~36本くらいかな」 前出の大坂氏は中学時代に一塁手として、ヒットで出塁した大谷とそんな会話をしたのを覚えている。’07年6月に行われた全日本リトルリーグ東北大会の決勝。大坂氏は青森県八戸市の『長者レッドソックス』の4番、大谷は岩手県奥州市の『水沢パイレーツ』の主砲として出場していた。だが大坂氏は、意外にも大谷の名前を知らなかったという。 「リトルリーグでは、東北大会まで出られたらOKと思っていたんです。だから青森県内の優秀な選手のことは知っていましたが、県外の大谷君のことまでは分かりませんでした」 ◆「ボールが消えるんです」 当時は二人とも中学1年生。大坂氏はその年齢で「35~36本」のホームランを打っていた大谷をスゴいとは思いつつ、ひょろりと細身の身体から特別なオーラは感じなかった。中学時代の評価は、大坂氏のほうが上だったのだ。しかし高校2年生となった4年後、印象は激変する。冒頭で紹介したように、大谷の威圧感が「尋常ではなかった」のだ。 「身体つきがまったく違いました。とにかくデカい。大谷君は手足が長いので、バットがやけに短く感じたのを覚えています。当時から投手もしていて、対戦するとボールが消えるんです。ワンバウンドしそうな球が急に伸びてストライクになる。低めのボールを打ちにいくと、ワンバウンドに……。だから消えるような感覚だったのだと思います」(大坂氏) 練習試合に続く秋の東北大会でも、大坂氏は度肝を抜かれた。 「たしか光星学院(現・八戸学院光星)戦だったと思います。ファールになりましたが、大谷君がライトポールをはるかに超える大飛球を打ったんです。会うたびにパワーアップする規格外のプレーに、圧倒される思いでした」 大谷の成長ぶりを見せつけられ、大坂氏が納得したことがある。 「僕は、小学校の卒業文集でなんとなく『誰もやったことのないことをやりたい』と書きました。メジャーで活躍したいと。でも大谷君は、子供の頃から『前人未到の偉業を達成する』という目標に向かって、身体をつくり技術を磨いていたんですね。いや~。勝てないなと思いました」 そんな大谷を得意としていたプロ野球選手がいる。対戦打率.311。ソフトバンクや巨人で活躍した、野球解説者の松田宣浩(まつだのぶひろ)氏(41)だ。松田氏が振り返る。 「大谷選手は160㎞/hの速球を投げますよね。だから180㎞/hの球が来ると思って、早めにバットを出し泳ぐように打っていたんです。最初から160㎞/hのボールを待っていては、実際には対応できません。僕なりの攻略法です」 松田氏が大谷のスゴさを直(じか)に体験したのは、’16年10月のクライマックスシリーズだったという。 「僕がバッターボックスに入ると、大谷選手のギアが上がったのがわかりました。163㎞/h、164㎞/hと出してきて三振……。次の吉村(裕基)の打席は衝撃でしたね。プロ野球最速(当時)の165㎞/hを計測したんです。ベンチで隣に座っていた内川(聖一)さんと、電光掲示板の球速表示を見ながら『えっ?』と何度も指さしたのを覚えています。歴史が変わった瞬間に立ち会え興奮しました」 松田氏が大谷の偉大さを感じたのは、プレーだけではない。 「あれだけの成績を残すと天狗になって当然ですが、大谷選手は気さくで謙虚なんです。僕は『熱男』と呼ばれるムードメーカーですが、ずっと年下の大谷選手は『松さん、いつも元気ですね。熱いですね!』と話しかけてくる。逆に僕のほうが和(なご)ませてもらいました。大谷選手は技術だけでなく、人間性も素晴らしい。もっと成長できると信じています」 「怪物」大谷は、次にどんな夢を実現するのか。これからも、想像もできない記録が続々と打ち立てられるのだろう。 『FRIDAY』2024年10月11日号より
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