金正恩主導の北朝鮮特殊部隊「暴風軍団」含む1万2000人がウクライナ軍と激突へ! しかし、ロシア軍との連携は? 捕虜になったら?
■北朝鮮から見た3つのメリットとは? 今回の派兵は、今年6月にロシアのプーチン大統領と北朝鮮の金正恩総書記が署名した、包括的戦略パートナーシップ条約に基づいている。この条約には「どちらか一方が戦争状態になった場合、軍事的な援助を提供する」と明記されており、実質的な同盟関係だと指摘する声もある。 ただ、その一方で、今回の派兵はロシア側が強く求めたものではなく、どちらかといえば北朝鮮側が「ねじ込んだ」形に近いといわれている。金正恩総書記はなぜ、自国軍の兵士をロシア・ウクライナ戦争に派遣したのか? かつて航空自衛隊那覇基地で302飛行隊隊長を務め、外務省情報調査局への出向経験もある杉山政樹氏(元空将補)は、「北朝鮮には少なくとも3つのメリットがある」と分析する。 「ひとつ目は、国内の引き締めです。ここ最近、北朝鮮は韓国との融和路線を捨てて緊張関係を高めていますが、ウクライナへの派兵もこれと同じく、『戦時下』という緊急事態をアピールすることができる。飢饉や災害で厳しい国内状況の中、国家元首の下に一致団結するという形をつくるための〝方策〟として使えるというわけです。 ふたつ目のメリットは、国際的な立ち位置をはっきりさせることです。ロシアがウクライナへ侵攻を開始してから時間がたつにつれ、世界は『欧米陣営』と、ロシアや中国、イランをはじめとする『欧米にくみしない国々』に大きく分かれつつある。そのどちらに北朝鮮が入るべきかは、もはや明らかです。また、これによって国際的に孤立しているイメージを払拭したいという狙いもあるでしょう」 そして3つ目のメリットは、身もフタもない話だが「外貨稼ぎ」だという。 報道によると、ロシアは兵士ひとり当たり月30万円、または年間450万円を北朝鮮側に支払うという。つまり、彼らは露軍にカネで雇われた〝傭兵〟という側面もあるのだ(実際、ロシアの国内法では外国人が露軍に契約兵として参加する際の規定が定められている)。 仮に1万2000人がそのまま1年間活動したとすれば、総額は実に500億円以上。厳しい経済制裁を受けている北朝鮮にとって、この外貨収入は極めて大きい。 「ひとり当たり450万円が支払われるというのが本当であれば、ウラジオストクで働いている北朝鮮の労働者とは比べものにならない高額です。こうなると、韓国はウクライナを軍事支援している東欧諸国に装備品を輸出し、一方で北朝鮮は露軍に兵士を〝輸出〟し、共に外貨を獲得するという皮肉な状態になります。 なお、今のところロシア側も北朝鮮側も、兵士の派遣について明言しておらず、表向きは当面、露軍の兵士として戦うのかもしれない。そのことをウクライナや欧米側から指摘されても、『NATOも参戦していないと言いながら、ウクライナに兵器も技術員も軍事顧問も送り込んでいるじゃないか』という反論のロジックは成り立ちます。 また、今後もしNATOが参戦することになれば、北朝鮮も最大140万人の兵力を送り込むことができるわけで、NATOへの強い牽制としても存在感を発揮できます」 ただし、もちろん派兵のリスクもある。例えば、北軍の兵士が戦場から逃げ出して亡命したり、ウ軍の捕虜になったりした場合だ。 「大した情報を持っていない末端の兵士がウ軍の捕虜になる可能性は、もちろん織り込み済みでしょう。問題は、特殊部隊の構成員が捕まるようなケースでしょうね」 ロシアの国内法では「露軍の契約兵」でも、ウクライナや欧米諸国のメディアは、〝将軍様の秘蔵部隊〟のメンバーが捕虜になったという形で大きく報道するはずだ。 1996年9月、韓国内で活動していた工作員を回収しに来た北朝鮮のサンオ級小型潜水艦が座礁した「江陵浸透事件」では、艦長や政治将校を含む11人が、韓国当局に捕まる前に集団自決した。 もし今回、特殊部隊員が生きて捕まり、その姿が世界中にさらされたり、あるいは西側メディアの取材に応じたりした場合、北軍や金正恩総書記の権威は大きく失墜する。 国際社会で存在感を高め、外貨獲得と金王朝の権威維持に成功するのか。それとも、最高指導者や軍精鋭部隊の〝ハリボテ〟が剥がれる結果となってしまうのか。北朝鮮にとって、今回の派兵はことのほか大きな賭けになっているのかもしれない。 取材・文/小峯隆生 写真/時事通信社