『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』ヒットの陰に“推し活”パワーあり? 右肩上がりの興行を分析
映画『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』の興行が順調だ。 興行収入は、2週目、3週目でそれぞれ前週を超えるという右肩上がりの成績をマークし、12月17日時点で13億8566万円を突破。観客動員もまもなく100万人を超えそうな勢いである。都内の劇場では週末に満席が相次いでいるとも言われている。 【写真】アイスキャンディーを食べる鬼太郎の父&水木 これは明らかに口コミによるボトムアップ型の興行展開と言える。そして、客層の特徴は女性客が多いこと。正式には客層対比の発表はないが、どの劇場も過半数が女性客が占めているようだ。 女性ファンが多いことと口コミで伸びていることに相関関係はあるだろうか。本作の内容分析と背景分析を絡めて考えてみたい。 戦後描写とバディものの魅力 本作は、『ゲゲゲの鬼太郎』第6期シリーズの前日譚にあたる内容だ。タイトル通り、鬼太郎の誕生秘話が描かれるわけだが、物語は鬼太郎の父と人間の青年・水木を中心に展開する。舞台となるのは昭和31年、立身出世のために人里離れた哭倉村(なぐらむら)を水木が訪れるところから物語は始まる。日本の政財界を牛耳る龍賀家の当主が亡くなり、跡目争いが起きている最中に、村で連続殺人事件が発生し、鬼太郎の父が容疑者として捉えられ、水木と出会う。 薄気味悪く、閉鎖的な村を舞台に2人の男が協力して事件の解決に奔走するのが物語の本筋だ。市川崑監督作品のような昭和時代のミステリー的な作風に、ホラー描写も豊富で恐怖映画として水準の高い出来で、その上に、2人の男のバディものとして作られているのが本作の特徴だ。 戦場から生き残った水木は、せっかく命拾いした人生を悔いなく終えるために出世欲を隠さない。対して、鬼太郎の父は生き別れた妻を探すために村を訪れており、目的も性格も異なる2人の男がやがて分かり合い協力し、命を預ける間柄になっていくその関係性が濃密に描かれている。女性ファンが熱狂しているのはここに大きな理由があることは間違いないだろう。 そして、戦後日本の急速な復興と経済発展は何を犠牲にしてきたのかや戦争が市民に残した傷跡を寓話的に描いてもいて、日本の戦後を見つめ直す作品としても秀逸。同時期に公開された『ゴジラ-1.0』の戦後描写と比較する投稿もSNSには多く見られており、相乗効果が働いた可能性もあるだろう。 また、本作はテレビシリーズの前日譚という位置づけであるが、物語を理解するためにテレビシリーズの鑑賞を前提にした作りにはなっていないため、単独で鑑賞しても置いてけぼりになることはない。鬼太郎自体は国民的なキャラクターであるため基礎知識を有している人口が多いのもプラスに働いているだろう。 これらのポイントで、従来の鬼太郎ファン以外にも訴求することに成功し、本作は新たなファン層を獲得していると思われる。今後その勢いがどこまで伸びていくのか、本作のヒットにとどまらず『ゲゲゲの鬼太郎』というIPの活性化にもつながりそうだ。 「推し活」でSNSを駆使するのは女性 口コミによるヒット作は、前提として内容の濃密さが必要だが、それだけでは足りない。本作のヒットを支えているのが女性層であることは、おそらく重要な要素であると思われる。 アニメの女性ファンの行動に詳しいジャーナリストの渡辺由美子氏は、IMARTのシンポジウムで「女性ファンは布教活動を盛んに行い、ファンを増やす」行動を取ることが多いと語る(※1) この行動が可視化されたのは社会のSNS化が大きいわけだが、実際に今も「推し」の情報収集と情報発信でアクティブにSNSを活用しているのは、(男女ともに活発なのだが)どちらかという女性であるというデータもある。 トライバルメディアハウスの「推し活」調査のデータによると、アニメのカテゴリではX(旧Twitter)が「推し」の情報収集ツールとして一番大く使われており、男女比は「Xで検索する(男性41.2%、女性55.0%)」「Xで特定の有名人やブランドの投稿を閲覧する(男性26.1%、女性36.2%)」となっており、とりわけ20代以下の女性は58.7%と高い数値を示している。この調査全体で男性よりも女性への言及が多く、このページを全文検索すると男性は8か所だが女性は22か所ヒットする。それだけ今「推し」に対して熱心なのは女性の方だということだろう。情報収集だけでなく、アニメの情報発信でも、X・LINE・Instagramで女性の方が男性よりも軒並み高い数字が示されている。(※2) 本作の口コミによる右肩上がりのヒットの要因は、女性層に刺さる内容だったこととは、無関係ではないだろう。今は、男性よりも女性の方が口コミのパワーを発揮しやすい状況にあるのかもしれない。 ちなみに、『ゲゲゲの鬼太郎』という作品には女性ファンが少なからず存在しており、昔から男女ともに親しまれてきた作品ではある。2018年『ゲゲゲの鬼太郎』第6期放送中には、女性向けのコラボ商品やランジェリーなども発売されていたりする(※3) 女性のホラー映画ファンが増えている? そして、本作がホラー映画として完成度が高かったことも女性ファンを惹きつけた要因かもしれない。 従来、ホラー映画ファンは男性が多かったイメージで、女性のホラー映画ファンは可視化されにくかったが、実際には一定数いた。近年は若年層の女性にホラーが人気だというアンケート調査もある(※4) そうした傾向の反映なのか、今年公開された日本のホラー映画は、女性アイドルだけではなく男性アイドルが襲われる作品が目立つ。なにわ男子の西畑大吾主演の『忌怪島/きかいじま』や「GENERATIONS from EXILE TRIBE」の7人が本人役で主演した『ミンナのウタ』、WEST.(旧ジャニーズWEST)の重岡大毅主演の『禁じられた遊び』など、これらの作品は女性ファンが見に来ることを期待して企画されているのだろう。ホラー映画といえば、悲鳴を挙げる女性役を「絶叫クイーン」と呼んだが、これらの作品に出演する男性アイドルは「絶叫プリンス」とでも言うべきだろうか。 ホラー映画というジャンルは近年、男性ファン中心ではなくなってきているのかもしれない。『鬼太郎誕生』がたくさんの女性ファンを惹きつけたのは、バディものの要素だけではなく、PG13指定となるほど残酷表現を含んだホラー描写に躊躇しなかったことも大きいのかもしれない。 参照 ※1. https://imart.tokyo/ss-2023-11-26-1700 ※2. https://www.tribalmedia.co.jp/note/research-220906/ ※3. https://p-bandai.jp/item/item-1000133473/ ※4. https://xtrend.nikkei.com/atcl/contents/watch/00013/01944/
杉本穂高