「ほら、あれがお父さんの星よ」妻子の心に生き続けた日本兵の遺志
「教育者になりなさい」――父の遺言
松倉家の長男・紀昭さんは幼い頃、警察官だった父に連れられて刑務所の見学へ行った。 そこで父が言う。 「悪いことをした人を罰するより、悪いことをしない人を育てることが大切だ」 戦地から送られてきた思いやりに溢れる手紙のなかにも、長男への訓示が綴られている。 「母に苦労を掛けず、勉学に励みなさい」 こうした教えを受けていたゆえ、貧しい暮らしで苦労した母を助けるため、高校を卒業したら、すぐに就職しようと準備していた。 ところが、進路相談の折に母から突然、伝えられる。 「あなたは教育者になりなさい。それがお父さんの願いでもあり、遺言よ」 驚いたが、父の言葉が蘇った。 「悪いことをしない人を育てることが大切だ」 紀昭さんは苦学して教育大学へ進み、小学校で教職に就く。父の願いを叶え教育者となり、教え子を決して戦場に送るまい、との決意で平和教育に力を注いだそうだ。 戦禍の艱難辛苦に翻弄される生き方を、次世代にはさせたくないと心に誓う紀昭さん。自らの子どもも教育者として育て上げ、孫は医師になった。父母から引き継いだ、命を大切にする教えを家族にも伝え、今後も貫きたいと話している。
松倉は、けっして「犬死に」したのではない
亡き母の手紙を受け取ったのち、長男・紀昭さんは父・秀郎さんの元上官にあたる伊東孝一大隊長へ面会を申し込む。 「戦争は父のような下っ端が死んで、偉い人が生き残るものだ」 そんなわだかまりから、生き残った大隊長の話を聞いてみたいという願望があった。 面会の当日、紀昭さんの長男で筑波大学で教授を務める千昭さんも同席したいと申し出てきた。体調が芳しくない紀昭さんを心配していたからだ。 そこで、秀郎さんを戦死させたことを涙ながらに謝罪し、けっして「犬死に」したのではなく、立派な働きをしたことに誇りを持ってほしい、と語る伊東大隊長の本心に触れる。さらに、母の万感の想いがこもった手紙を大切に保管していた経緯も知った。