韓国野党代表の疑った「戒厳」…「野党議員逮捕」計画は実在した
国軍機務司令部による2017年の戒厳令検討文書 朴槿恵弾劾否決時に「野党議員逮捕」との内容 ハン・ドンフン与党代表の「不逮捕特権放棄」発言に イ・ジェミョン民主党代表「野党議員を選択的に逮捕」の可能性を指摘
大統領室に続き、与党「国民の力」の指導部も「戒厳令準備疑惑」に触れた野党「共に民主党」のイ・ジェミョン代表に対して「国紀を乱した」として全面攻勢を開始した。イ代表との非公開会談で龍山(ヨンサン)を緊張させた国民の力のハン・ドンフン代表は、握手して別れた翌日にイ・ジェミョンたたきの先頭に立ち、大統領室と歩調を合わせた。 ■一日で攻勢に転じたハン・ドンフン ハン代表は2日の最高委員会議で、イ代表と民主党に対して、「大統領が私たちの知らないうちに戒厳を準備しているというのか。(その発言が)正しいなら深刻ではないか。根拠を提示してほしい。これほどのうそは国紀を乱すもの」だと強く非難した。前日の与野党代表会談の冒頭発言でイ代表は、「近ごろ戒厳の話がよく出てくる」と述べたが、ハン代表は会談後も特に反応を示していなかった。一方、大統領室は与野党代表会談が終わる前に、すでに「常識的でない偽りの政治攻勢」だとして、イ代表を非難していた。 無反応だったハン代表がイ・ジェミョンたたきをはじめたことを受け、チュ・ギョンホ院内代表、キム・ジェウォン、キム・ミンジョンの両最高委員までもがイ代表の戒厳発言を相次いで批判した。与党指導部のこのような動きは、イ代表の発言をきっかけに民主党が「尹錫悦(ユン・ソクヨル)弾劾訴追-軍部親衛戒厳疑惑」を公式化しようとしていると疑っているためとみられる。この日午前に行われた国会国防委員会でのキム・ヨンヒョン国防部長官候補に対する人事聴聞会では、民主党議員を中心として、キム候補が軍内の「沖岩派(尹大統領の出身校である沖岩高校出身者)」を通じて戒厳を準備しているのではないかという質問が相次いだ。 民主党のキム・ミンソク最高委員は先月21日、「『野党口封じ』のキム・ヨンヒョン警護処長を国防部長官へと突如交代させ、大統領は唐突に反国家勢力発言をおこなった。このような政権の流れは局地戦と北朝鮮に対する危機意識造成を念頭に置いた戒厳令準備作戦だ、というのが根拠のある確信」だと述べた。キム最高委員は、「私は朴槿恵(パク・クネ)弾劾局面で戒厳令準備説の情報を入手し、情報提供した者の1人だ。朴槿恵政権は強く否定したが、結局は事実であることが明らかになった。(尹大統領)弾劾局面に備えた戒厳令の準備の試みを必ずやめさせる」と述べている。 ■イ・ジェミョンの戒厳発言はなぜ飛び出したのか ハン・ドンフン代表はイ・ジェミョン代表の戒厳発言を批判しつつ、「このような観点から、私は免責特権乱用制限問題を法律で解決しようということを申し上げたのだ」と述べた。ハン代表は前日の与野党代表会談で、「乱用されている(国会議員の)免責特権の範囲を、(判例ではなく)法律で制限するという方策も論議すべきだ」と述べている。 前日の与野党代表会談を振り返ると、イ代表による戒厳発言は、ハン代表の「準備された発言」に突発的に対応したという性格が強い。ハン代表は事前に準備してあった冒頭発言資料を見て、国会議員の不逮捕・免責特権の放棄などを政治改革案として提案し、その後、突如としてイ代表が判決に従わない可能性に言及した。「準備された挑発」たったというわけだ。 一方、事前に準備した資料なしに冒頭発言をおこなったイ代表は、「国会議員特権に相応する大統領訴追権に対しても、同じ観点からアプローチすべきだ。行政的な独裁国家へと流れる危険性が非常に高い」と述べ、ハン代表の挑発に乗った。検察を前面に押し立てた差別的な法適用の問題が頻発する中にあって、国会議員特権がなくなってしまうと、野党に対する選択的な標的捜査と逮捕・拘束によって、国会が大統領をけん制する力を失う恐れがあるということだ。このことを説明しつつイ代表は、「以前に作られた戒厳案を見ると、国会の戒厳解除要求を遮断するために国会議員を逮捕・拘禁するという計画が立てられている。完璧な独裁国家ではないか」と付け加えた。 ■大統領室はなぜ怒りをあらわにしたのか イ代表の述べた「以前の戒厳案」とは、朴槿恵政権時代の2017年2月に国軍機務司令部(現在の国軍防諜司令部)が秘密裏に作成した戒厳令検討文書を指す。今年2月、検察は戒厳令検討文書の作成を指示したチョ・ヒョンチョン元機務司令官の内乱予備・陰謀容疑などを嫌疑なしとした。国民の力などの与党界隈ではこれを根拠として、民主党がまたも事実無根の「戒厳準備説」をまき散らしていると主張する。 しかし、2017年に作成された戒厳令検討文書には、戒厳宣言・各段階の措置・戒厳施行準備の着手日まで、詳細に記されていた。朴槿恵大統領弾劾が棄却された場合は、軍が戦車などを動員してソウル光化門(クァンファムン)のろうそくデモなどを鎮圧したうえで、国会が戒厳解除を試みた場合に議決定足数が満たされるのを防ぐため、国会議員を逮捕・拘禁する計画まで具体的に記されていた。 〇現国会は少数与党政局で、議決定足数充足、戒厳解除が可能 ・国会議員総数299人中、進歩系議員160人あまり、保守系議員130人あまり 〇国会議員に対する現行犯司法処理で議決定足数未達を誘導 ・戒厳司令部、集会・デモ禁止および反政府政治活動禁止布告令を宣布し、違反時の拘束捜査など厳重処理に関する警告文を発表 ・合捜団、違法デモ参加および反政府政治活動をおこなった議員を集中検挙、後に司法処理 軍が治安維持などを担う戒厳は、重大な基本権の侵害を伴う。したがって、憲法や法律などで宣布要件、手続き、解除などが明確に規定されている。国会が在籍議員の過半数の賛成で戒厳解除を要求すれば、大統領はそれに無条件に従わなければならない。当時、国軍機務司令部は、野党の国会議員を各種の戒厳令違反で拘束し、戒厳解除を決議できないようにするという計画を立てたのだ。 この文書の作成を指示したチョ・ヒョンチョン元機務司令官は、捜査が始まると2017年12月に米国に逃走した。尹錫悦政権発足の翌年の2023年3月、チョ元司令官は約5年ぶりに突如帰国した。野党は帰国の背景について、政権が交代したので司法処理の可能性がないと期待したのではないかと疑った。ソウル西部地検は今年2月、チョ元司令官の内乱予備・陰謀などは嫌疑なしとし、職権乱用容疑でのみ起訴した。 ■2度の警備戒厳、いずれも非常戒厳につながった 政界では、イ代表が述べたのはせいぜい、軍が治安を担う「警備戒厳」程度だろうとみている。戒厳法は非常戒厳と警備戒厳を規定しているが、警備戒厳は「国家非常事態時に社会秩序がかく乱されて一般行政機関だけでは治安を確保できない場合に、公共の安寧秩序を維持するために宣布する」となっている。非常戒厳は、朴正熙(パク・チョンヒ)維新政権末期の1979年10月の釜馬抗争の際、釜山(プサン)地域に9日間、10・26事件(朴正煕暗殺事件)翌日の1979年10月27日から1981年1月24日までの439日間、全国(済州を除く)に宣言されたのが最後となっている。警備戒厳は1960年の4・19革命と1961年の5・16軍事反乱で宣布されたが、いずれも非常戒厳の宣布へとつながっている。つまり、警備戒厳のみが独自に発動されたケースはないわけだ。 龍山(ヨンサン)の大統領室は青瓦台(旧大統領府)とは異なって四方が開けているため、警察力だけでは大規模デモや騒じょうなどを防ぐには限界がある。そのため、軍が内部的に警備戒厳レベルの戒厳計画を練っているのではないかと疑われるわけだ。警備戒厳が非常戒厳へと拡大されれば、治安の他にも行政、司法の全領域を軍が管掌することになる。2017年に機務司令部が作成した戒厳令検討文書でもやはり、「衛戍令→警備戒厳→非常戒厳」と格上げするとしている。 先月、尹大統領は国防・安保人事を突如交代させた。尹大統領の沖岩高校の1年先輩に当たるキム・ヨンヒョン警護処長が国防部長官に指名された。保守メディアもその意図を理解できなかった突然の人事だった。昨年11月に国軍防諜司令官に任命されたヨ・インヒョン司令官も沖岩高校の出身だ。朴槿恵政権時代に戒厳令検討文書を作成した国軍機務司令部は、解体後、軍事安保支援司令部へと再編されたが、尹錫悦政権の発足後に国軍防諜司令部へと再び名称が変更されている。 キム・ナミル記者 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )